可愛らしいエプロンを身に纏い、鼻歌を歌い意気揚々と彼は歩いていた。
25歳にしてはいくらか小さめの身長や童顔故まだ彼には子供らしさが残っている。(勿論、大学は卒業しているし、この仕事も3年目だ。)

彼はさくらぐみ、とピンク色のプレートを掛けられている扉の前に立ち、ガラガラと引き戸を思いっきりあけた。

「みんな!おはよう!!!」








「おはよーございます!」

さくらぐみには既に園児たちが玩具で遊んでいたりスケッチブックに絵を描いていたり様々だ。
今日からこのさくらぐみの担任となる沢田綱吉はにっこりと微笑み、教室の黒板の前に立つ。

「ほら、自分のお席について。
先生の自己紹介をするね。俺の名前は沢田綱吉です。綱吉先生って呼んでね!」

はあい、と園児の舌っ足らず可愛らしい声に思わず頬が緩む。

「さてみんな、今日から新しいクラスだから新しいお友達ばっかりだよね。みんなで自己紹介しようか?」

綱吉はじゃあ隅っこから、と銀髪の男児に微笑むと、目を逸らして口を紡いでしまった。

「………、」

「お名前、なんていうの?」

「は……はや、と」

「そっか、はやと君だね!」

綱吉が笑うとはやとはにこりと小さく笑った。
それを起源に他の児童が自分から、と言わんばかりに自己紹介をしてくる。
困ったように笑いながら、一人ずつだよとはやとの頭を撫でながら綱吉は言う。

その中で一人、確実に冷めている子がいるのに綱吉は気付いた。
ぎゃあぎゃあと教室全体に騒がしい声が響き渡る中、黒い髪をした周りよりいくらか小さめの男の子が椅子に座ったまま窓の外を見ていた。

(静かな子なんだな。喋るのとか、苦手なんだろうなあ…)

2年間の直感だけど、と心の中で苦笑すれば、まだまだ自己紹介したいと自分の周りにあつまる園児たち。
うんうん、宜しくね、と一人ずつ頭を撫でれば嬉しそうに席へ戻っていく園児たちにやっぱり小さい子って可愛いなあ、と小さく呟いた。

(ってこれじゃ、自己紹介じゃないじゃん!!)

気付いた時は、先ほどの黒い髪の男の子以外の全員の園児の名前を覚えてしまった自分がいた。




「お名前、先生に教えてくれる?」

「………」

どうしよう、どころじゃない、と綱吉は内心焦っていた。
黒髪の男の子が口を訊いてくれないのだ。

(まあ、実際名前は名簿で分かったんだけど…ね)

名前を聞くなんて、早く園児と自分の距離を縮める為の行為にすぎない。
しかし、この男の子は目はあわせているものの、機嫌が悪そうに睨んでくるだけ。
いい加減、こっちの笑顔も限界だと思い、男の子の頭を撫でようとした。

「!!」

男の子は過剰に肩をびくつかせ、目をキツく閉じた。
その反応に綱吉は手を引っ込めてしまった。

「…え、と」

「………きょうや」

「え?」

それからその男の子、きょうやはそっぽを向いてしまい、窓の外を見ているだけで綱吉が話しかけても反応してくれなかった。

(なんだろう、この子)

はやとが綱吉にぴったりくっついている事も忘れて、黙り込んでしまった。
きょうやにまとわり付く雰囲気が寂しさを物語っている。
きっと、ずっと一人だったんだな。
ふう、と溜め息を吐いてから、隼人をおんぶしてあげた。

(放って置けないなあ…)

なんとかしてあげたい、とくるくると回りながら綱吉は思った。
きゃあきゃあと楽しそうにはやとが笑っているその後ろで、

「きょ、うやくん…?」

深い青の髪にルビーとサファイアのオッドアイの男の子がこちらを見て小さく呟いたのは、綱吉にもきょうやにも届いていなかった。








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