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今になってふと思うんだ。きみは生きているのかと。未来で出会ったしんでるきみ。僕によって生きたきみ。今もしにながら生きているのかと。
あの日出会ったきみはしんでいた。光を遮断した真っ暗な瞳、重力に潰されそうに丸まった背中、下がった口角。炎に包まれ燃え上がる街を、そうした僕をただつまらなそうに眺めていたきみ。
「きみは恐ろしくないの?」
「なにをおそれるの?」
「きみの街が燃えてる。家族も友達も消えちゃうよ?」
「そうだね。でもそれでわたしが変わるわけじゃない」
真っ暗な瞳に燃え上がる景色を映してつまらなそうに呟いた。僕が首をかしげると今度はその瞳に僕が映る。
「街が消えても人が消えても変わらない。わたしはなにも変われない」
「人生つまらないの?」
「…そんなかんじ」
「だったら僕が変えてあげよっか」
何の気なしに放った言葉に真っ暗な瞳がわずかに光った。「ほんとう?」そう問いかける彼女の瞳に映る僕は真っ白くてまるで天使のよう。
「おいでよ」
おもしろ半分で差し出した手には死人みたいな絶望的に冷たい手が重なった。
「白蘭、白蘭」
僕の手をとったきみはまるで別人のようになった。瞳にはたくさんの光を取り込んで、重力なんて知らないみたいに軽やかに駆けて、楽しそうに笑っていた。白蘭、白蘭。鼻歌を歌うように僕を呼ぶきみは間違いなく生きていた。きらきらと光る瞳に映る僕はどこか神々しいくらいだった。
あの日きっと僕はいのちを生みだしたんだ。ひとりの死人にいのちを灯した。絶望的に冷たい手に、ぬくもりを吹き込んだんだ。すごいよね。悪いことしてた僕が気まぐれでいいことしてたんだから。
「白蘭、白蘭」
ねぇ、僕も一度しんだんだ。ながいながい時間しんだけど、僕もいのちをもらったよ。僕がはじめていのちをあげたきみ。まあ気まぐれだったんだけど。それでも今思えば。よかったと、そんなふうにおもうんだ。
きみはまたしんでるの?しぬのはさみしいよね。つらくてかなしいね。
今になってふと思うんだ。もしまたきみがしんでいたら、この手を差し出してもう一度いのちをあげたいと。だからはやくおいでよおいで。僕のまえに現れて。じゃないと気分が変わっちゃうかもしれないよ。



だってきっとこれも気まぐれなのだから
0503

なんぞこれ
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