「今帰りですかィ」
「え、あ、うん。おつかれ」
しゅわしゅわと蝉の声が響き渡る帰り道、校門を抜けようとしたところで自転車に跨がる沖田と鉢合わせた。それほど仲が良いというわけでもなく、というか沖田に関わるとろくなことがないというイメージがありハンドルに肘をつきなんとも言えない視線を寄越す彼に私は軽く会釈をし早々に通過した。
「じゃあちょいと付き合いなせェ」
「えっ、ちょ、は」
つもりだったがそれは叶わず。私の腕はがしりと掴まれそのまま彼の荷台まであっという間に引きずり込まれたのだった。呆然とする私を余所に急発進する自転車。振り落とされそうになり悲鳴と共に思わず目の前の沖田にしがみついた。
「へえ、意外と大胆なんですねィ」
「ご、ごめ…ってかそっちが急に漕ぎ出すからでしょ!」
「まあまあ、そのまましっかり掴まっときなせェ。振り落とされたくなけりゃな」
掴む手を緩めた瞬間ぐらぐらと運転を乱暴にされ本当に振り落とされそうになり仕方なく彼の腰に腕を回した。いよいよ彼の暇潰しに付き合わざるを得なくなったようだ。
「ねぇ、どこ行くの?」
「行けば分からァ」
「…あ、坂道、降りようか?」
「そのままで構いやせん」
目の前にいる沖田は私を乗せているにも関わらず坂道をぐんぐん漕ぎ進めていく。風に靡く色素の薄い髪や浮き出る汗がきらきらしていて、なんだか綺麗だった。どきどき、夏の陽射しで頭が沸騰してしまいそうだ。
「着きやしたぜ」
「うわ、海!」
ぼんやりしていると不意に沖田が自転車を止めた。着いたという言葉に荷台から降りてみると目の前には太陽の光が反射して煌めいている海が広がっていた。ここは小高い丘になっているらしい。辺りがよく見渡せて、潮風が心地よく吹き抜けてなんとも気持ちがいい。
「風が気持ちいいですねィ」
「うん…あ、ちょっと待ってて」
「?どこ行くんでさァ」
「すぐ戻るよ」
突っ立ったままの私の隣にどさりと座った沖田。その首筋を伝う汗を見て私は来た道を戻った。記憶が正しければすぐ近くに自販機があったはず。あ、発見。
「はい、おまたせ」
「っ!つっめて…」
自販機で買ったジュースを抱え沖田の元へ戻った。不意打ちで首にペットボトルを当ててやったら驚きながらも彼は素直にそれを受け取った。ぷしゅう、間抜けな音が隣から聞こえる。
「意外と気が利くじゃねーですかィ」
「意外は余計な。まあお礼てきな?こんないいとこ連れてきてもらったし」
「この俺に運転までさせやしたしねィ」
「それはそっちが無理矢理後ろ乗せたんじゃん!」
「あー疲れた疲れた」
「無視か」
騒ぐ私たちを宥めるように風がぶわりと吹き抜けた。風が通りすぎ水を打ったようにその場はしんと静まり返る。会話が途切れまだ沈みそうもない太陽をぼんやりと眺めていると不意に右肩に重みを感じた。潮風に紛れてほんのりと香るシャンプーの匂いと頬をくすぐる柔らかな毛に心臓に甘酸っぱい感覚が広がるような、そんな気がした。
「重いよ」
「知りやせん」
こつんとその頭に自分の頭を置く。夏の太陽はまだ沈まない。この太陽が沈むまで、隣から帰ろうって言葉が聞こえてこなければいいなと、温くなりつつあるペットボトルを握りしめてそう思った。
夏と太陽と微炭酸
0808-0816
↑の三つをテーマにがんばってみた結果→挫折