深海魚 | ナノ


「こんな世の中にはもううんざり」

ざあ、ざあ。太陽の光でキラキラと光輝いている波が寄せては返すこの浜辺に今日も一人の女がいる。
まるで口癖のようにその言葉を口にする女にこの美しい光景を映す目玉はない。ぐるりと包帯を何重にも巻いたそこには果てしない闇が続いているのみ。その闇は望んでつくったものだと言う。

「何も見たくない。なにも感じたくないの。だけど死にたくはないわ。こんなのってただの我が儘かしら」

乾いた笑いをこぼす女に家族はいない。戦に巻き込まれ皆死んでしまったそうだ。なにも映さない双眸はただただ海を見つめていた。


深海魚

光の届かないほど深い闇の中で必要ないと自ら目を潰しさ迷う姿はまるで深海に住まう魚のようだと思った。もし女が、俺が女のいうくだらない戦の中で生きていると知ったなら、女はもっと深い闇に墜ちてしまいそうで恐ろしくなり俺はそっと目を閉じた。


~100611
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