気にしすぎ | ナノ


それはほんとうに無意識のことだった。耳元でなる無機質な音を二回ほど聞いたとき、ふと我に返って驚いた拍子に携帯を投げ捨てた。

あの男は自由の象徴と言っても過言ではないほど自分の欲望に忠実に生きている。風の吹くまま気の向くまま、義務教育が終わった今でも学校には稀にしかこないし部活にも忘れたころにやってくる程度だから姿を見る日は月にそうない。だけどあれは癖というか生まれ持った性格だからなにを言っても直らない。それをわかってるからわたしも束縛はしないしあまり干渉もしない。会いたいなんて言葉はふわふわと綿毛のように漂うあいつの重力にしかならないから絶対に言わない、し、言えない。

投げ捨ててしまった携帯を見つめてなにをやっているんだかと、そんな自嘲が込み上げた。ほんとうは、会いたくて会いたくてたまらないのに。最後に会ったのはいつだっけ。そんなこともわからなくなるほどの私たちの距離がおかしくてしかたない。付き合ってる、それは表面的なことになってしまったんじゃないかと、最近はそう思うようになって、私の心臓をぎりぎりと締め付けた。

深いため息をひとつ吐き出し、重い体を引きずって床に転がった携帯を拾う。リダイヤルの一番上にいるのは、やっぱりあの男。なにやってんの、自分の馬鹿さにもはや笑いすら出ない。会いたくて恋しくてどうしようもなくて、顔が見たい声が聞きたい、もやもやぐるぐる考えていたら手が勝手に動いていた。電話なんて、きっととってくれないのに。意味のないことをしたって自分が傷付くだけなのだからあまり余計なことはしないようにしていたのに。体が勝手に動いてしまうほど、わたしはあの男を求めているんだね。わたしばかりが、一方的に。

携帯を拾ったその足でベッドに倒れこんだ。起きてたら考え込んでしまうからいけない。こんなときは寝るに限るのだ。そう目を閉じて体の力をだらりと抜いた。


「…起きてくれんね」
「ん…」
「声、聞きたか」


すりすりと目尻をくすぐる温かい感触にぼんやりと目を開く。なんだか、久しぶりの感覚。

「ち、とせ…?」
「ん、久しぶりやね」

ぼやけた視界が開けたと同時にがばりと起き上がる。まだ寝ているのか。何故部屋に千歳がいる。寝起きの働かない頭は一瞬にしてパニックになった。そんなわたしにお構いなしに千歳はわたしの目尻を拭う。

「電話、急にかかってきたと思ったらすぐ切れたけん、何事かと思ってきたらお前さんは寝とるし、しかも泣いとうし…」

なんかあったと?大きなてのひらでわたしの頬を優しく包む彼は心配そうに眉を八の字に下げる。あんたのせいだよ。怒りたいのに、いざとなると怒れない。

「…なんでもないよ」

ほんとうは何よりもまず会いたかったと抱きつきたい。だけどそれが彼の重荷になったらと怯えて、自分から触れることもせずただただ嘘の笑顔を向けることしかできない。

「…じゃあ電話はなんやったと?」
「それは、間違えちゃった、みたい」
「…そうね」

ふっと短くため息を吐いた千歳は無言のままわたしのベッドに上がってきた。突然の読めない行動に慌てる間もなく、抱きしめられそのまま体はふかふかのそこに倒れた。

「…かえらない、の」
「今日はここで寝るったい。よか?」
「…うん、狭くていいなら」

背の高い彼にはどうにも狭いベッド。縮こまるほど狭いのにさらにわたしを抱え込んでまでここで寝ようとしてる意図がみえない。ねえ千歳、なに考えてるの?どうして電話ひとつで来てくれたの?わからない。千歳がわからないよ。
あっという間に寝ついてしまった彼の腕のなかで、なんだか悲しくなって、音を立てずに静かに泣いた。



0210
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