「待てやさー!」
「い゙やあ゙あああ!誰かあああ!」
ドタドタと地響きのような足音を立てて走っているのはとある男女の生徒。二人とも物凄い剣幕で追いかけっこをしているが、それについて干渉するものは誰もいない。その場にいる誰もがまたか、と半ばあきれた表情でその様子を横目に見るばかり。この二人のやりとりはこれが初めてではないらしい。
「待てって言っちょーさに!」
「待てと言われて素直に待つやつがいるかバーカ!」
「ぬーやんコラァ!ぶっ殺す!」
激しい罵声と足音が徐々にこちらに近付いてくる。やばい、追い付かれる。早く隠れなきゃ。はやく、見つけなきゃ。
全速力で角を曲がると探し求めていたものの姿が現れる。それと同時に目が合い、まるでそれが合図であるかのように私は一目散にそこへ飛び込んだ。
「だぁー!見失ったさー!」
「…ゆーじろー」
「うお、知念!やーあいつ!あいつ知らんばぁ!?」
「………あっち」
あっち、と指差された方を見た甲斐はその方向を確認するなりニヤリと笑って走り去っていった。
助かった。姿が見えなくなったところを確認して私はそこから抜け出た。そんな私を知念くんはじぃっと見下ろしている。
「今日はぬーしたんばぁ?」
「あー…甲斐のイスにブーブークッション仕込みました」
そう言うと彼は呆れたように小さくため息を吐いた。だって向こうが先に仕掛けてきたんだよ。拗ねたようにそう付け足せば大きな手で頭をぽんぽんと撫でられる。
この学校に転校してきて甲斐たちと仲良くなって以来、このやりとりは毎日のように繰り返されている。甲斐が私を追いかけて、私はそれから逃げて。そして知念くんを見つけて彼の後ろに隠してもらって逃げ延びる。背の高い彼の後ろにぴったりとくっついていれば前から私の姿は見えないのだ。
「いやはや今日もほんと助かった!ありがと、」
無事逃げ延びたところで簡単に礼を言って立ち去る。これもいつものこと、だったのだが、何故だか腕を掴まれ引き留められた。
「やー、昨日はどうしたんやさ」
「え…、昨日…?」
そういえば昨日は知念くんを見つけられなくて変わりに近くにいた田仁志くんの後ろに隠してもらったんだっけ。それを思い出しそのまま話すと些か彼の機嫌が悪くなった。
「…わん以外のとこはダメ」
「へ?」
ぎゅっと、気付けば体に心地よい圧迫感。それは知念くんに抱き締められているからなのだと、彼の柔らかな髪が頬をくすぐった事でようやく気付いた。
「わん以外にひっつくのも、わん以外に泣きつくのもダメやさ」
「やーは、わんの」
そう言って彼は顔に似合わないそれはそれは可愛らしい口付けを私の頬に落として、ふらりと何処かへ行ってしまった。
遠くの方では甲斐の罵声が響いていた。
20110505-06
本当は田仁志様で書きたかったけど需要がなさそうだったのでやめた