手塚 | ナノ


「部長」

部活が終わり誰もいなくなった部室には今、手塚部長と私の二人だけしかいない。お互い新しい練習メニューを考えたり洗濯物や片付けをしたりとやっていることはバラバラ。ペンを滑らせる音とがちゃがちゃと私が言わせる雑音以外聞こえなかった部室に、不意に私の声が響き部長がこちらを向いた。

「なんだ」
「部長は…引退したら海堂くんに部長の座を引き継ぐつもりですか」
「突然どうした」
「…海堂くんには部長なんてできないと思います」

私の言葉に部長の表情が僅かだが怪訝そうに歪んだ。それでも私は構わず話す。

「確かに海堂くんはテニスプレイヤーとしての実力は優れていると思います。それに努力家だし。でも、みんなの上に立ってチームを纏めて引っ張って行くような器量はないと思うんです」
「…では他に誰かいるのか?」

そう言われるとそれはそれで誰も思いつかなくて言葉に詰まった。誰もいない、というより考えられないと言った方が私の場合正しいのかもしれないが。

「確かに海堂には部長など務まらないかもしれない。あいつは少々我が強いし、短気な所もあるしな」
「だったら…」
「だがそれは一人であればの話だ」

ゆっくりとそう話す部長の表情はどこまでも固く、それでいて穏やかで優しい。私を見つめるその目は、私の考えを見透かしているように思える。

「どういう、意味ですか」
「あいつには皆が付いている。一人では出来ないことも皆に支えられ助けられ、どうにか部長らしく振る舞えるものだ。…俺もそうだった」
「部長も…?」
「ああ、俺も人間だ。何でも出来るわけではないし、何かに躓くこともある」
「それでも今までこうして部長を続けてくることが出来たのは仲間がいたからだと、そう思っている」

ひとつひとつに思いを込めるようにゆっくりと話す部長は一度そこで言葉を切ると私の前まで歩み寄り、ふわりと頭をなでた。そして微かに目を細めて「それに、」と続けた。

「あいつらにはお前がいる」
「わた、し?」
「マネージャーの仕事は部員を支える事だろう。これからはお前が海堂やみんなをフォローしてやれ」
「そん、な…私には…」
「お前なら絶対に出来る、大丈夫だ」

別に海堂くんが部長になることが嫌なわけじゃない。ただ私は不安だったんだ。青学の部長は手塚部長で、それ以外に考えられなくて。三年の引退が近付く中、現状ががらりと変わることでこの先どうなるのか見えなくて、不安で不安で仕方なかった。

部長の手が優しく頭の上を滑る。その手は大きくて温かくて、そして偉大だと思った。

いつの間にか不安は消えていた。部長が大丈夫だと言えば不安は安心に変わって、絶対に出来ると言われれば出来る気がしてならない。彼の言葉は不思議なまでに私に勇気を与えてくれて、強くしてくれる。これこそがみんなを上へ上へと引っ張って行った手塚部長なんだ。

「部長、ありがとうございます」
「…何のことだ。そんなことよりも早く雑務を終わらせて帰るぞ」
「はい!」

みんなを支えられるように頑張ろうと思った、ある夕暮れ時。



激励の言葉
110227-28

手塚が饒舌だと…
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