お子サマ番外編 | ナノ


7月の暑い中、躍動する筋肉迸る汗、黄色い声。ああ、青春くそくらえ。ぼんやり考えながら男子のバレー試合を見る。あ、B組点入った。
期末考査を目前に控えやって来てしまいました球技大会。去年も一昨年もやけに疲れたことを覚えている。運動は嫌いじゃないし、競技によってはむしろ好きだ。問題はそこじゃない。そう、そこじゃないのだ。

「どう、天才的?」
「丸井くんー!かっこいいー!」
「スリーポイントシュートの成功率100パーセント」
「キャアア柳くーん!」
「ヒャッハァー!お前も赤く染めてやるぜ!」
「赤也くんー!キャー!」

体育館行ってグラウンド行ってまた体育館行って。体育館も二つあるからお目当てが別の体育館ならそっちに移動。競技に参加する前にもう疲れてくる。そう、なにが嫌かって女友達にイケメンが活躍するとこするとこ引っ張り回されて黄色い歓声をずっと聞いてなきゃいけないことだ。耳痛いんだよ友人。君ら叫びすぎなんだよ昨年みたいにのど嗄れるぞ友人。

「あど柳生ぐんど…」
「時すでに遅しか」
「あ゙!仁王ぐんがいな゙い゙い!」

カッスカスの声で慌てる友人を適当にあしらいながら時計を見た。そろそろわたしの試合始まるんだよなあ。

「仁王クンならさぼりじゃないの?」
「去年も一試合しか出てながっだもんね…」
「そーそ、まあとりあえずわたし今から試合行くけどどうする?」
「づいでに水飲みいぐ」
「…うん、そうしなよ」

友人と給水場まで一緒に行ってわたしはそのままグラウンドへ急いだ。チームの子はもう整列していてこっそり紛れる。そうして教師からの試合開始の合図が響き、わたしは定位置に着いた。


「オラァッ!」

ブォンとわたしの腕が風を切ると放ったボールがキャッチャーのグローブに軽快な音を立てて吸い寄せられる。バッターアウト。はいはい空振り三振次かかってこーい。敵チームににやりと不敵な笑みを浮かべ肩を回す。いや野球ほんと楽しいわ。

出場種目に野球を選んだ理由はもちろん日頃のストレス発散のためであった。バレーとかバスケじゃわたしの豪腕が奮えないし。あとうるさい女子たちにささやかな天誅与えたかった。いやむしろそれが七割占めてる。

「っしゃーどんどん来いやー」

ちなみにわたしはバッターもやるのだが、敵チームはわたしがバッターボックスに立った瞬間にもう絶望していた。観客も静かだ。うん、みんな今日はそのままおとなしくなればいいと思う。

「がんばれー」

すると静まり返っていた観客席から間の抜けた声援がひとつ飛び込んできた。一斉に声がした方を振り向く女子軍。そこには本日初めて見る銀髪があった。

「キャー!仁王くん!」
「柳くんも見てる!」
「応援されてる!どうしよう!」

そして先程の静けさは嘘のように途端に黄色い声が飛び交う。あ、ほんとだ柳くんもいる。最悪だ。耳痛い。

「絶対打ってね!」
「柳くんと仁王くんが見てるから負けられないよ!」
「なにがなんでも打たせないから!」

敵味方共に俄然やる気が湧いてきたのか興奮気味にわたしに詰め寄る。いやもうほぼわたしら勝ちだしね。打たせないから!とか言う前にさっさと投げろっていうね。

「さあ!勝負よ!」

わたしの前にいるピッチャーが大きな声で言う。しかし彼女が放った球はその威勢の良さとは裏腹にへなちょこだった。女を意識しているのか。うざすぎて一球見送ってしまった。次こそちゃんと投げてほしい。

「えいっ!」

しかし二球目もか弱いへなちょこボールだった。またそのひょろひょろな軌道を見送る。えいっ!ってなんなのさ。さすがにイライラが沸点越えそう。

「バッターなにしとるんじゃー」
「そんなボールも打てないのか、情けないな」
「かわい子ぶってんじゃないぜよー」

極めつけに飛んでくる野次、野次、野次。誰がお前らの前でかわい子ぶるか。

「さっきの勢いどうしたの!」
「しっかり!」
「ぶりっこー」

「ああもううるせええ!」

カッキーン。ピッチャーが投げたへなちょこボールはそんな清々しい音を立てて場外へ飛んでいった。そしてわたしはバットを力のかぎり地面に叩き付けて走る。一周して戻ってきたらバットは少しだけ曲がっていた。

「場外ホームラン、B組優勝!」

先生の号令で試合が終わる。令をして興奮冷めやまぬ状態のみんなはわたしの方へ集まろうとしていた。のでダッシュで逃げた。


「実に素晴らしいバッティングだったな」
「ピッチングもその辺の男よりすごかったぜよ」

人気のないところまで行くとひょっこり顔を出した野次馬二名。ぎろりと睨み付けると野次馬共は楽しそうに笑った。

「あのひょろボールが誰かさんの顔に見えて腹立ったんでね」
「参謀、言われとるぞ」
「お前のことだろう」
「どっちもだわ」

こいつらどこから現れたのかと深いため息を吐いた。仁王は今さらだけど柳くんまでなんなんだ。まだマネージャーのこと根に持ってんのか。

「お前のデータを取りたかっただけだ」
「…え」
「俺が未だにマネージャーの件を根に持っていると思っただろう」
「…やだもう怖い」
「おいおいうちのを怖がらせるんじゃなか」
「それはすまないな」

やっぱり柳くんは怖い人だとジト目で訴えると微笑みながら頭を撫でられた。素敵なスマイルだ。

「そういえば赤也がお前のことを探していたぞ」
「え?」
「先程のバッティングに惚れたと言っていたな」
「切原くんもいたんだ」
「アイツは途中からじゃけど」
「君らは最初からいたのか」
「お前の素晴らしい投球はデータに加えておいた」
「…」
「あ、そうそう先生と野球部も探しとったのう。バット折れとるとかなんとか」

人気者だな。二人の声がきれいにハモってなんだか泣きたくなった。

今年の球技大会もやっぱりめちゃくちゃ疲れた。
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