柳蓮二 | ナノ


自分の意見を他者に伝えることはとても難しいと思った。それはこれまでそういったことをしようと思ったことがなく、余程のこと以外では基本的にイエスマンだったからかもしれない。わたしの考えなど他者が知ったところでどうなる訳でもないし、知ってほしいとも理解を求めようとも思わない。いや、思わなかった。

「それで、何故そんなことを俺に話すんだ?」
「うーん、何故かな。頭では色々出てるんだけど、言葉がうまく出てこない」

だけどそんなわたしも、自分の考えを伝えたいと思う人に出会った。それが今目の前にいる柳くんだ。同じクラスの柳くんは他人のことをよく理解しているというか研究している。だからよく相手がなにか言う前にその言わんとしたことをズバリと当ててしまうのだ。そんな洞察力を持つ柳くんは色んな人の言葉を当てる。のに、わたしの時は一度も当てようとしなかった。それどころか何が言いたいと聞かれるばかり。みんなのことが解る柳くんにわたしのことがわかってもらえないことは、何か危機的なものを感じた。何の危機なのかわからないけど。

「危機とはまた随分大袈裟だな」
「それしか言葉が出てこなかったの。ほんとうはもっと違う言葉かもしれない」

だから柳くんにわたしの考えを理解してほしいと思うようになった。わたしを知ってほしい。柳くんは、柳くんなら解ってくれる。

「何故そう思う?」
「だってほら、そうやって聞いてくれるから」

柳くんはちゃんとわたしの話を聞いてくれる。問いかけて、わたしの言葉を待って、理解しようとしてくれるのだ。だからこそ話したくなる。

「成る程。確かに俺はお前に興味がある。だから話を聞こうと思う」
「うん、だからわたしもがんばって話そうと思う」

だけど伝えるというのは非常に難しい。頭の中でぐるぐる渦巻いている気持ちを誤りのないよう正確に伝えたい。だけどそれに合う言葉を見つけ出して繋げて発信するというのは至難の技だ。ただでさえ伝えることに慣れてないわたしにはどんなテスト問題よりも難しいことのように思えた。

「どうすればいいのかなあ」
「全てを確実に相手に伝えるということは恐らくお前に限らず誰にとっても難しいことだろう」
「そうなの?」
「ああ。これはあくまでも俺の考えだが、人の考えは人それぞれであるし全てを理解出来ないからこそ自分以外の、他人という存在が感じられるのではないか」

そう考えをつらつらと述べる柳くんの言葉にはなるほどと思う。しかしそれを語る柳くん本人はうまく自分の意見を伝えているように見えるからなんとも言えない。

「ああ、今お前の考えていることが少しわかった」
「え?」
「 納得は出来る。だが容易に納得出来るほど俺がうまく伝えているために説得力はない。 違うか?」
「…あってる。どうして」
「どうしてわかるのか、とお前は聞くな。それはお前のことが少しずつ解り始めたからだ」

ついに柳くんが私の心を読み取った。それについて目を丸くすると柳くんはフッと小さく笑ってわたしの頭を撫でた。

「言葉が出てこなくても、とにかく伝えてみようと努力することが重要なのではないか」
「その言葉は語弊かもしれないよ?」
「間違いは正せるだろう。それに相手も考える力は持っているんだ。言葉を鵜呑みにせず相手なりにお前の考えを読み取ろうとするはずだ」
「柳くんもそうしてくれているの?」
「勿論だ。俺もお前のことを理解したいと思っているしお前もそれを望んでいるからな」
「…うん、ありがとう。嬉しい」

柳くんの言葉にそんな感情がぽっと現れた。
少しずつわたしを理解してくれている、理解しようとしてくれている。それがとても嬉しいと感じた。理由はいまいちわからない。わからないけれど単に柳くんにわたしを理解してほしいと思っていたから、というだけではないと思う。

「他にも理由があるのか」
「ある、それだけじゃない。でもそれがなにかわからないからわからないことは答えられない」

そう言うと柳くんは優しく微笑んでまたわたしの頭を撫でた。ゆっくりで構わない。たったそれだけの言葉だったけど、彼の気遣いだとか優しさが目一杯伝わって胸がふわふわとくすぐったくなった。

続いてます
×
- ナノ -