キスからはじまる | ナノ

「まさか手作り弁当持ってきてくれるとは思えへんかった。完全決闘申し込まれたと思うてたわ」

満面の笑みを浮かべてピンク色の弁当箱を見つめる白石は子どもみたいにはしゃいでいた。開けてもええか?と聞いてくる姿はまさしくプレゼントをもらった子どものようで微笑まずにはいられない。

「おお!めっちゃうまそう!彩り栄養バランス共に完璧や!」
「まあね、当然でしょ」

というのは嘘で、本当はものすごくインターネット駆使して研究した。白石が健康オタクだっていうからがんばった。わたしすごいがんばったんだ。

「ほないただきます」
「…お味はどうですか」
「うまい!絶頂や!」

こら将来ええお嫁さんなるなあ、と呟く白石に心のなかで盛大にガッツポーズを決めた。忍足考案愛を込めて手作り弁当をあげちゃえ作戦は成功したようだ。

作戦自体はありきたりな気もするがとても有効なようだ。白石は至極嬉しそうに弁当を頬張っている。あーんしてやるとさらに喜んでいるしこれはもう想い伝わったってことでいいんじゃないか。

「…ごちそうさまでした」
「あれ、もう?」
「うますぎて一気に食べてもうた」
「そ、それはそれは…お粗末さまでした」
「…まさかこないなことしてくれるとは思うてへんかったから、ほんまに嬉しかったわ」

照れたような笑みを浮かべる白石の表情にはうっすらとだけ影が差していた。それはたまに見せるもので、まだわたしに好かれていないことからその影が出来ることをわたしは知っていた。つまりはこれでもまだ伝わってないらしい。

「し、白石!」
「…、」

どうにかしなければと咄嗟に不意打ちで投げキッスをした。いつかのように。ただあのときとは違う気持ちを込めて。
白石もまたいつかみたいに空中でそれを掴まえてぱくりと食べた。無表情で咀嚼を繰り返し、そしてごくりと飲み込む。ふたりの間に沈黙が流れた。

「あの、白石、」
「俺わからへんよ。ソムリエちゃうし」

真剣な色をした瞳がわたしを捉える。思わず顔を背けると近付いてきた白石の手にまた戻されてしまった。

「記念日に手作りの弁当持ってきてくれたんはなんで?」
「それは…」
「お得意やった投げキッスでこない顔赤なってるのはなんで?」
「っ…」
「ちゃんと口で言うてくれんとなんもわからへん」

近くにある白石の顔は寂しそうに歪んでいてこのままじゃ離れていってしまいそうだと思った。

「…じゃあ、後ろ向いて」
「え?」
「いいから」

でも、やっぱり面と向かってじゃ恥ずかしくて言えない。だから白石に後ろを向かせてその背中に抱きついた。一瞬びくりと揺れた体は無視しておなかに回した腕に力を込め決意を固めるように息を大きく吸い込んだ。

「白石が、すき。これからも一緒にいたい」
「俺もすきやで」

一大決心で放った言葉はその刹那ぐるりと体勢をこちらに戻した白石に強く抱きしめられどぎついキスをされることによって呆気なく風にさらわれていくのだった。忍足には後ほど感謝状を贈ろうと思う。



0422


 


×