キスからはじまる | ナノ

「今日部活ないから一緒帰ろな」
「え…は、い…」
「せや、せっかくやしこの前できたケーキ屋行かへん?」
「行く!行きたい!」
「はは、楽しみやなあ」
「あ…うん」

それまでそっけない反応だったのに食い物につられて明るくなったわたしを甘ったるい笑顔で見つめる白石。なんだかむず痒くなって俯くと優しく頭をなでられた。ああもう、どうしてこんなことに。

何故か白石と付き合うことになってかれこれ一週間が経った。ほんとうに何故なんだ。冗談で投げキッスしてただけなのに妙な勘違いでこんなことになって。しかもあんな大騒ぎされたら誤解だとか言えないし。でもいつか言わなきゃとは思ってる。ただ時間が経てば経つほど言いにくいし、白石といると何故だか言えなくなる。ますますどうしようもない。

「んー、どれもうまそうやなあ。どれするんか決めた?」
「…え?ごめん、なに?」

そんなことを考えているうちにあっという間に一日が終わっていた。現在白石とかわいいスイーツカフェでデート中。ああ、今日もまた言い出せなかった。

「ケーキ、どれする?この期間限定の桜のケーキもええけど抹茶もうまそうやない?」
「あ、ほんとだ。期間限定はそそられる」
「せやろ、これとか色濃いくてめっちゃうまそうやねん」
「うんうん、抹茶の味すごくしそう。ああでも普通にショートケーキもおいしそうだよね」
「せやなー。けど普通のはまた来たときでええんちゃう?」
「そっか、じゃあわたし桜ケーキにしようかなあ」
「ほな俺抹茶にするわ。一口交換しよ」
「うん!する!」
「ほな頼むで。すんませーん!」

って、わたしなに普通に話してるの馬鹿すぎだろこれ。ケーキにつられた。さりげなくまた行くみたいになったし。ほんとどうしようどうしようしか出てこないどうしよう。

「…今さらなに言うても遅いから」
「…え?」
「別れへんよ、何言われても」

自分の馬鹿さに一人頭を抱えていたらぽつりと降ってきた呟き。ハッと顔を上げるといつものやわらかい笑みではなく、そこには真剣な表情をした白石がいた。

「あれはただノリに合わせただけでしたーとか言うんは聞かへんで」
「…わかってたんだ」
「それと俺のこと好きやないしー、とか考えてんのやったら心配いらんから。絶対好きや思わせたるし」
「、!」

白石の爆弾発言と同時に店員が爽やかな声でケーキを運んできた。机に置かれたふたつのケーキにうまそうやなー、なんて呑気に笑う白石。先ほどの会話は終わったらしい。いい逃げなんてズルすぎる。またなにも言えなくなってしまったじゃないか。

「ほな食べよか。あ、先交換しとく?」
「…うん、」
「あーせやせや、言い忘れとった」

きれいな抹茶ケーキを一口分フォークで掬いながら楽しそうに話す白石。

「あんな、」

フォークに乗ったおいしそうなそれをわたしに差し出した。

「大好きやで」

満面の笑みを浮かべて「はい、あーん」なんて言う白石の顔は珍しく少し赤かった。ちょっとなにそれズルいよ。

「…じゃあわたしも。はい、あーん」

照れ隠しにわたしも桜色のケーキをぐさりと切って差し出した。お互いのケーキを食べあう。

「うん、めっちゃうまいな!」
「ほんとだね、」

美味しいねってなんでもないように笑ってやったけど、抹茶のケーキは甘くて甘くて仕方なかった。



投げキッスはもう懲り懲りだ。
120414


 


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