匂いフェチ | ナノ
連れてこられたのはテニス部の部室前だった。久しぶりに来た気がするなあ。そう思っていたら白石と、モデルさんみたいにきれいな女の子が歩いてきた。

「お似合いだね、なんかテレビ観てるみたい」
「せやな、美男美女や」

何故か物陰に隠れてふたりの姿を見せられてる。もしもし財前くん、これなんてプレイですか財前くん。

「蔵ノ介くん、大丈夫?」
「ああ…なんでもあらへんよ」

黙ってみているとふたりの様子がおかしいことに気付いた。白石は手で顔を覆って、女の子は心配そうに白石の背中を擦っている。

「なにかあったん?」
「…いや、」
「私でよかったら相談乗るしなんでもするから、元気だしてな」

「…いい子すぎてわたしがノックアウトなんだけど」
「あんなん誰でも言うやん」
「わたしあんな風に声かけてあげれない。黙って胸貸すくらいしか」
「…男前」
「でもなんで泣い、て」

泣いてるの、その言葉は目の前の光景に打ち砕かれた。白石が女の子に抱きついたのだ。首筋に顔を埋めて。そう、わたしにしていたみたいに。

「く、蔵ノ介くん」

女の子は顔が真っ赤。でも嬉しそう。きっと彼女は今味覚以外の感覚器官全部が白石で支配されてる。ほらあとは、キスをしちゃえばコンプリートだ。

「よしよしそのままキスしちゃえよ!さあ!さあ!」
「先輩、やけくそとかイタすぎて見とられんのでやめてください」
「…ごめんなさい」

「ええ匂い…やな」
「ほんまに?ふふ、うれしい」
「俺は?」
「ん、普通…かな」
「嘘や、汗くさいやろ?」
「…でも、ほら、部活頑張ってるんやから仕方ないし、蔵ノ介くんなら全然嫌やないよ!」

女の子は慌ててそう言った。汗くさいんだ。いいなあ、これから毎日その匂いに包まれるんだ。思い出しただけでもよだれと涙がでそうだ。

「汗くさいかあ…」
「女の人我慢しとりますね」
「でもあの程度の汗ならまだそこまでないよ。全然たりないね」
「…は?」
「あ、なんでもない」

「蔵ノ介くん?」
「…」
「どないしたん?」
「…あかん」
「え?」
「ぜんっぜん興奮せえへん」

その言葉に一瞬で空気が固まったのがわかった。女の子はもちろんわたしも、財前までもがきょとん状態だ。

「こ、興奮て、なに?」
「めっちゃええ匂いやし髪さらさらやしかわええしスタイルもええけど、あかん」
「え…」
「そんなんちゃう。俺君にはちんこ勃たへんわ」

「なななに言ってんだあのバ」
「馬鹿はあんたや!静かにせえ!」

思わず飛び出しそうになったが光りの速さで財前くんに防がれた。中途半端に立ち上がった体はすぐにまた押し込められる。

「だってあんな!上玉も上玉、金プラチナレベルの子にちんこって!頭わいてるだろ!」
「錆がギャーギャー言うなや!さっきのしおらしさどこ行ってんボケ!」
「錆はだめ!まじで傷つく!」
「…なあ、お二人さんえらい楽しそうやなあ」
「!」

「俺も仲間に入れてや」突然聞こえた第三者の声にふたりしてびくりと肩をはねさせた。おそるおそる声がした方を見ると、氷みたいに無表情な白石がいつの間にかすぐそばにきていた。

「ご、ごごごきげんよう」
「はい。ごきげんよう」
「部長、女の人は?」
「ふったら行ってもうた」
「なんてことを…!」
「あー、ほな、俺部活戻りますわあ」
「校庭30周、あとしばらく戻らへんから」
「…へーい」

そう言ってそそくさと去っていった財前くん。恨む。見捨てたことを恨む。彼が去っていった方を恨めしげににらむと、不意に視界が遮られた。

「財前ばっか見らんといて」

あたたかくて大きなそれに、ああ、久しぶりの白石の手だと、瞬時に理解した。


 


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