匂いフェチ | ナノ
「あ、財前くん」
「あ、歯形の…」
「その歯形のってやめてくんない」

食堂でばったり出会った財前くんに思わず声をかけてしまった。向こうもわたしの声に気付きこっちに来た。なんか態度悪いよなあこの子。

「部長とはうまくいってはるんですか」
「いやだから付き合ってない」
「歯形つけるのに?もしかしてセフレなん?」
「違うし。キスもしてないのに」

セフレ、か。言われて思わず否定したもののあながち間違いではないような気がする。財前くんは意味がわからんという表情。まあそうなるよね。

「まあ確かに部長と付き合うとるっていうんもびっくりですけど」
「なんで?」
「そらまあ…」

じろじろと下から上へ見て、そして鼻で笑われた。これはあれか、喧嘩売ってんのか。

「悪かったねブスで」
「ブスとは言うてませんよ。ただ限りなく中やなあって」
「ブスでもなく美人でもなく」
「そうそう、ただ普通」
「それもいやだわ」

むすっとした顔で財前くんを睨むと笑われた。そして何故か頭を撫でられる。え、なにわたし先輩。

「なに」
「拗ねてはったんで」
「拗ねてないし、つかわたし先輩キミ後輩」
「あっそ」
「最近の若い子なんなの!まじなんなの!」
「どーどー」
「馬扱い!?」

ぽーんぽーんと頭を撫でてバカにしたように宥められる。どこまで人を見下しやがる気だちくしょう。

「…まあ、」
「あ?」
「部長は見た目で人選ぶようなやつちゃうと思いますよ」
「?はあ」
「ほな、笑かしてくれてどうも。センパイ」

だるだるしく手を振ってさっさといなくなった財前くん。最後センパイってすんごいわざとらしく言いやがったうざっ!その場で地団駄を踏んだら友達になにしてんのって変な目で見られた。あの後輩むかつくなあ。


「自分髪きれいやなあ」

五限目が終わって小休憩の時間、トイレに行った帰り道、そんな声が二組から聞こえた。振り返ると窓際で白石が隣に座る女の子の髪を触って微笑んでいるのが見えた。

「ええ匂いもする」
「ややわ、白石くんてば」

白石の言葉に頬を染めて恥ずかしそうにする女の子はすごくかわいい子だった。白石の前で頬染めるどころかよだれ垂らしてるわたしとは大違いだ。お似合いだなあ、そう思ってそのまま自分の教室に戻った。わたしは中らしいから。わたしもかわいく生まれたかったなあ。と、ぼんやり思った。


「…っ、はあ、」
「なあ、」
「な、に うわっ!」
「いた!」

今日は月曜日で部活はオフだったはずなのだが、何故か突然呼び出された。部活もないのになんの用だろう。ちょっと面倒に思いつつ行ってみたら、自主練でもしていたのか部活のとき同様汗をかいてわたしを待つ白石がいて。なんやかんやでいつもの行為に及んだ。

「なに!なんすか!」
「いったあ…鼻血出るか思うたわ」
「あ…ごめん。顔が近付いてきたからつい」
「キスしたい」
「…は?」
「せやから、キスしたい」
「いやいやいやいや!」

そのまま近付いてきたから顔を再び押し返した。でも腰に手を回されてるからさほど距離はとれない。

「いたたた、首折れる」
「折れろ!後ろへ180度回転しろ!」
「なんでそないに拒むん?」
「だから恋人じゃないもん」
「せやから付き合おうて」
「しつこいなあ、だめだってば」
「…俺のこと、きらいなん?」
「き、嫌いじゃないけど、そういうんじゃないでしょ」
「…」
「?しらい」
「…俺は、自分のこと好きやねんで」
「はは、冗談はやめ」
「本気や。ずっと、自分のこと好きやった」

切ないような歯痒いような複雑な顔をする白石。えっ、なにこれなんの策略。どくんどくんどくん。心臓がこれまでにないほど暴れだす。好きだと言われて思考が止まる、頭に血が上る。でも、わたしが負けるわけにはいかない。それはこの人の為でもあるんだ。どくどくとうるさい心臓を必死で抑え込んで白石を見据えた。

「だったら、それは、錯覚だよ」
「錯覚…?」
「そう。たまたまわたしが白石の特殊な部分を理解して、たまたま相性もよかったから、」
「…もうええ」

わかったから、そう抱きしめられてわたしの言葉は中断された。腕の力が強くてぎりぎりと骨が軋む。痛い。

「…唇以外やったらキスしてええやろ?」
「え、頬っぺたとか?」
「おん」
「…ま、まあ、それな、ら」

そう言うと白石は頬の、口の端ぎりぎりに啄むようなキスをした。唇に触れそうで触れないその感覚がもどかしくて切なくなって、何故だか泣きたくなった。自分で言ったくせに変なの。


 


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