匂いフェチ | ナノ

「あ、歯形の人や」

先生に呼ばれ職員室に行った帰り、前から歩いてきた三人組のひとりがわたしに人差し指を突きつけてそう言った。

「…は?」
「部長のくび…っ」
「おおおお前なに言ってん!」
「いっ、いややわぁうちの子が変なこと!ご、ごめんくさい!」

指差し少年の口を横にいたヘアバンくんが塞いだ。そして慌ててもうひとりのオカマさんがその場をごまかす。見事な連携プレーだ。

「…っ部長の首に歯形付けたん先輩でしょ」
「…えっ」
「コラッ!」

しかしヘアバンくんの手を引っ剥がしてまでわざわざ言い直した少年。ピアスすげーな。じゃなくて今なんと。というかこの三人よく見たら確かテニス部…だよ、ね。

「テニス部の、白石部長」

う、うわあ分かりやすく強調してくれたよこの子。すんごい悪どい顔で笑ってる。わたしがパニックになってるの知っててだなんたるドエス。

「ぎょーさん噛んだんすね。めっちゃくっきり痕残ってはりましたよ」
「な、んで、知って…」
「お、おちつき、あたしら誰にも言ってへんから!」

話を聞くに三人はこの頃いつも遅くまで残っている白石のことが気になっていたらしい。そこである日こっそり帰ったふりをして部室の近くに隠れていたところ、わたしがこそこそと入っていくのを見たんだとか。

「ほんまごめんねぇ」
「あないどぎつい抱擁初めてみたっすわ」
「みっ見たの!?」
「そ、外からだけやで!ほんの一瞬や!」
「鍵掛けてはったし」
「言うなアホ!」

入ろうとしたのか…。でもよかった、外からだけならただ抱き合ってるとしか思われなかったみたいだ。とはいえ密会がばれてることには変わりないんだけど。

「あの、付き合ってるわけじゃないから!」
「はあ?めっちゃ抱き合うてたやん」
「それは、いや、あいさつ?的な?」
「ええのよ!うちら以外誰も知らんし、絶対口外せえへんから安心しい!」

だめだ完全に付き合ってると思われた。確かにあいさつなんて苦しすぎるというか言い訳下手くそすぎだ。頭悪すぎだろわたし。
でも勘違いはされているものの口外はしないようだ。現に今まで噂もなにも立っていない。信じていいだろう。そう思ってとりあえずその場は大人しく引き下がった。


「白石!」
「おお、今日はえらい元気え」
「ばれた!」

放課後、いつもの時刻になりわたしは部室に飛び込んだ。入ってくるなり慌てた様子のわたしに白石はきょとんとしている。

「だから、わたしたちのこと、ばれたの!」
「…え、誰に?」
「金色さんと一氏くんと財前くん!」

わたしの言葉に一瞬は焦りの色を見せたものの、名前を聞いてなーんやって一言でおわった。そして何事もなかったように白石はわたしに抱きつく。

「ちょ!いいの!?」
「ええよ。あの三人は口かたいし」
「まあ…確かに言わないって言ってたけど…」
「せやろ?問題なしや」
「でも勘違いされてる!」
「なにが?」
「わたしたちが付き合ってるって」
「…ふーん」

興味なさげに適当な返事をして早々に変態モードに入ろうとする白石。ふーんて、我が身に降りかかってることなのに。なんでそんなに適当なの。

「別にええやん、そう思われても」
「いやでも、」
「俺は、自分とこうしておれるんが一番やから。ずっと一緒におれるんならそれでええ」

そう甘ったるい声で囁いてこめかみにキスをした白石に、もうどうでもよくなった。匂いの誘惑に我慢してまで心配してあげたのに、もう知らん。めちゃくちゃスーハーしてやる。ばか。

「なあ、また噛んでや」
「え?」
「俺のこと食って」
「…もうしない。ごめんね歯形つけて」
「なんで?俺がつけてええって言うたんやで」
「財前くんに冷やかされたの。他の人にもばれたら大変でしょ」
「ええって」
「だめ。白石を好きな子が死ぬ」
「…ほな、俺も食ったるわ」

そう言うや否や襟が引っ張られ肩口に痛みが走った。声にならない痛みが背筋をビリビリと駆け抜ける。

「っい゙…!」
「ほら、俺もやってんからおあいこ」
「血…!出る…!」
「…あ、ほんまに出てるわ」

べろりと生温い感触が肩に這う。痛みと歯形をなぞるようにぬるぬると這うそれのくすぐったさに背筋がぞわりと粟立って白石の背中を叩いた。

「いたっ」
「や、やめてよ!」
「いやや」
「ちょっ…!」
「今日は傷の舐めあいしよか」
「…それなんか響きやだ」
「んんーっ、絶頂!」

いやだなんて言っておきながらいつもより興奮した自分は、誰かさんのせいで変態に磨きがかかってしまったようだ。


 


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