匂いフェチ | ナノ
誰もいなくなった部室にふたり分の荒い呼吸が響く。抱きしめあって、お互いの首筋に顔を埋めて、吸って吸って吸って吐いて。呼吸の仕方を忘れたみたいに無我夢中で酸素を取り込む。

「しらい、し」
「はあ…っ、」

いくらか時間が経って一度離れて彼の顔を見る。全速力で走ったあとみたいに顔を真っ赤にして呼吸を乱していた。汗で張り付いた髪を払ってやると恍惚に浸る目がわたしを捉える。

「あかん、めっちゃ興奮してきた」

そういって白石は少しだけ腰を浮かせた。パイプ椅子が痛々しい音をたてる。白石の上に座っているわたしの股間に変なモノが当たって、わたしはヤツを睨んだ。

「さいっあく」
「自分かてよだれ垂らしてるやん」

いつの間にか口の端から伝っていたよだれを白石の指が拭った。うっわよだれ垂らすとかわたし何きも。つう、と顎から唇へと移動する指の感触を感じながらそう思っていた、ら、その指がそのまま口のなかに押し込められた。

「ほら、ちゃんと綺麗にしてや」

なにこいつ漫画の読みすぎだろ。そう理性のなかのわたしがドン引きした。だけど白石のしょっぱい汗の味と、匂いと、獣みたいな目に、まともなわたしなどボコボコにやっつけられて気付けばその指にかぶりついていた。


私たちは恋人ではない。友達とさえ言えるかわからない。ただ、お互い人には言えない性癖があった。それは重度の匂いフェチ。白石はシャンプーの匂い、わたしは汗の匂い。お互いそれを知ったのはつい最近のこと。クラスも違うために今まで会話すらまともにしたことはなかった。それが、そう、ちょうど一ヶ月前だったか。誰もいなくなった教室で男子生徒が置いて帰った汚い体操服に顔を埋めているところをたまたま通りかかった白石に見られてしまい、わたしの性癖がばれたのだ。あの時は人生おわったと思った。でも運がいいのかなんなのか、自分も似たような類いだと暴露され今に至る。


「 今日もいつもの時間に 」

昼休み、白石からメールがきた。お互いの性癖を知った日からわたしたちは匂いを嗅ぎあい互いの欲求を満たすようになった。白石がわたしの匂いを気に入ったらしく提案してきたのだ。だけどわたしは一度拒んだ。なんせ白石に汗臭いなんてイメージがなかったから。どちらかといえばフローラルな香りがしそうだし、実際汗をかいてない白石は石鹸みたいな爽やかな匂いだった。しかしそう断れば、じゃあ部活のとき会おうと食い下がられ部活後の汗だく白石とご対面した瞬間、わたしは見事に打ちのめされたのだった。


「…っはあ、たまらんわ、ほんま」

放課後、部活がおわり人がいなくなったことを確認して足早に部室へ向かう。ドアを開けた瞬間腕を引かれ強く抱き締められた。途端に全てが白石の匂いになって、頭がくらくらする。後ろからはガチャリと鍵を掛ける音が聞こえた。

「今日は、はりきったん、だね」
「、わかるん?」
「ん。すごい、がんばった、ってかん、じ」

乱れきった呼吸のままそう言えば白石は何故だか照れたように目を泳がせた。頭をよしよししてやると止めろと手を払われる。でも顔ははにかんでいた。

「自分も最近髪さらさら、やんな」
「…まあね」
「気持ちええ、食べたなる」

ぎゅっとひっついて、わたしの髪の毛にじゃれる白石を横目に小さくガッツポーズをした。気付いてくれた。そして喜んだ。
ただ匂いを嗅ぎあって互いの欲求を満たすだけのこの関係。キスもセックスもない。ふたりの間に特別な感情はない。と、わたしは思っている。でも全くじゃない。ここにいる間の少しだけわたしは白石に恋をする。恋に似たものを。だから白石によく思われようと髪の手入れをして、朝もお風呂に入るようになった。全てはこのひとときのために。

「わたしも、白石のにおいたべたくなる」
「たべてええよ」
「いたいよ」
「痛くてええ。歯形が残ってもええ。血ぃ出たってかまへん」
「…マゾなの?」
「ちゃうわ」

くすくすと笑えばぎゅうっと抱きしめる腕に力が込められた。体が密着して白石の熱が染み込む。熱い。また頭がクラクラしてきて、自然と行為が再開する。首筋に顔を埋めたとき、食べてもいいって言われたから綺麗なそこに歯を突き立てた。耳元で小さく喘ぐ声が聞こえて、やっぱりマゾなのかなと思った。白石の首筋は甘しょっぱくて、やけにおいしかった。


 


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