「なまえ、そろそろ起きんしゃい」
「んー、もうちょい…」
「だーめーじゃ。いい加減俺が暇すぎて耐えられん」

寝ぼけた耳に心地いい低音が響く。ひんやりとした手が顔にかかった髪を優しく払ってそのまま頬を撫でた。冷たくてくすぐったいそれに目をうっすらと開くと目の前には穏やかな笑みを浮かべた彼がいた。

「おはようさん」
「…うん、おはよ」

日の光を浴びた銀髪がきらきらしていて綺麗。手を伸ばしてそのきらきらを梳いたら切れ長の目が気持ち良さそうに細められた。

「ふふ、猫みたい」
「お前さんもな」

お互いに触れあってくすぐったくて心地いいそのひとときに心がふわふわと幸せに満ちる。彼が来てから幾日か、こうして起こしてもらうことが習慣となりつつあり、そして一番すきな瞬間になっていた。

「そうだ、来週から仕事始まるって」

暖房を効かせた部屋で温かいココアを飲みながら少し開かれた窓に向かってそう投げかけた。窓辺に座り足をぶらぶらとさせながら庭を眺めていた彼がこちらを向く。少し遅れて「そうか」とだけ返ってきた。表情からは何を考えているか分からなかった。寂しいとか言ってくれるのかな、なんて思っていたからちょっとだけ悲しい。

「なに寂しそうな顔しちょる」
「してないよ」
「眉毛がハの字になっとるぜよ」

そう眉尻を指で下げて見せる。まるで子どもにしてみせるように。そんな彼にむっとして口を突き出してしまう私も私で、どうにも幼い。彼が現れるまでこんな表情を出すことはなかったのに。自分の中にいる小さな子どもが日に日に姿を鮮明にしていく。こんな自分がいるなんて知らなかった。だけどそんな自分を知ることは不思議と嫌ではなかった。

「仕事、がんばりんしゃい」
「もちろん」
「お前さんがおらんのは寂しいが、帰りを待つのも悪くはない」

待った分だけ会ったときの幸せも倍増じゃろと彼は笑う。その言葉の中に私の帰りを待つという意味が当たり前のように込められていることに気付き、少しだけ涙が出そうになった。

mae tsugi


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