まだまだ肌を刺すような風の冷たさはあるけれど、太陽はやわらかく温かだった。
朝目覚めると隣には誰もいなくて、探さなくても彼は消えてしまったんだなあって瞬時に理解できた。それでも思ったより寂しさを感じなかったのは、リビングに出したままのゲームやトランプがあったからだった。雅治くんは確かにいたのだと、一緒に過ごしたのだと。それだけで部屋中に幸せがつまっている気さえした。

庭に出ると雨に濡れた地面が太陽の光できらきらとしていた。かまくらも小さな雪だるまたちもいない。だけど、そこには見たことのない花が彼らの代わりとでもいうように咲いていた。小さくて白い雫のような形をした花たちがたくさん。この庭に花は咲かないのに、不思議だなあ。だけどその小さな花が何故だか妙に愛しく思えて、ケータイで写真をとった。なんて花なんだろう。気になったけど調べる時間がなくて、一先ず用意を済ませて会社に向かった。

「へぇ。それ、君が育ててるの?」

昼休みになり休憩室でぼんやりと今朝の花の写真を眺めていると後ろから声をかけられた。

「えっと…」
「ああ、失礼。先日こちらに転属になった幸村です」

幸村と名乗った彼はふんわりとした笑顔で私の隣に腰掛けた。きれいな人。こんな人この会社にいたんだ。女性社員が騒ぎそうなものなのに、全然気付かなかったな。

「ところで、この花」
「あ、これ、朝起きたら庭に咲いてたんです」
「突然?それは妙だね」
「この花ご存知なんですか?」
「うん。これはスノードロップじゃないかな」

ガーデニングが趣味なのだという幸村さんはこの花のことを詳しく教えてくれた。彼曰くスノードロップと呼ばれるこの花は秋植えの球根で育てるのは簡単じゃないし突然咲くなんて有り得ないんだそうだ。

「庭には花自体植えていないしやっぱり変ですよね」
「もしかしたら君の家に天使が来たのかも知れないな」
「天使…ですか?」
「そう、天使」

ふふ、といたずらっぽく笑う幸村さんに対して頭にはてなをたくさん付けた私。それに気付いた彼はもう一度笑うと子どもに絵本を読むみたいにゆったりと話した。

「スノードロップには色んな言い伝えがあるんだ。アダムとイブの話は知っているかい?」
「確か禁断の実を食べて楽園を追放されたとか…」
「そう。その二人はその後雪の中を彷徨うんだ。寒くて辛くて、もうだめだって時に天使が現れてね。もうすぐ春はやってくる、だから絶望してはいけないよって雪をスノードロップに変えて元気づけたんだ」

ロマンチックだよねと笑う幸村さん。私はそれにただうなずくことしか出来なかった。

「だからきっと君の家にも現れたんじゃないかな」
「…はい。いましたよ、すっごく素敵な天使」

イケメンでいたずら好きで優しい天使が。
こらえきれずに浮かんだ涙は幸村さんが頭を撫でてくれたはずみにぽたぽたとこぼれた。

mae tsugi


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