「ねぇ、気のせいかもしれないんだけど」
「なんじゃ?」
「雅治くんの体すこし温かい?」
朝、いつものように起こしにきてくれた雅治くんが私の頬をなでたことでその違和感に気付いた。雪のようにただただ冷たかったはずの彼の手に、あるはずのない温もりをうっすらとだけかんじたのだ。
「そうか?」
「うん、この前も少し思ってたの」
それこそつい数日前だ。彼に抱きついたときに一瞬だけ温かいと思った。その時は気のせいだと思ったけれど、違う。彼の手をとりぎゅっと握って確信した。わずかにだけど温かい。
「はは、ばれたか」
「はは、じゃないよ。どうして温かいの?」
「春がくるからぜよ」
「またそれ」
「春はぽかぽかやけんのう。俺もぽかぽかじゃ」
「春がきて、ぽかぽかになって、そして雅治くんは消えちゃうの?」
まだ寝ぼけた声でそう呟くと、それがあまりにも泣きそうな声をしていて雅治くんも、そして私自身も驚いた。
「…気付いとったか」
「当然だよ。こんなのきっと子供にだってわかる」
「それもそう、じゃな」
ため息混じりに言えば返ってきたのは寂しそうな笑顔と、小さな小さな声だった。
せっかくだからほんとうは色々話してしまいたかった。でもそんなことをしていたら遅刻してしまう。仕方なくベッドから出て、続きは今夜にでも話そう。そう区切ってさっさと仕事にいく準備をはじめた。寝室に取り残された彼がどんな表情をしていたかは、わからない。
こんなときにまで仕事優先なんて、私はやっぱりお父さんとお母さんの子供なんだなあと、笑えた。大人ってつらいなあ。
mae tsugi