「うち、前から光くんのこと好きやったの。よかったら付き合…」
「むり」
視聴覚室で昼寝をしていたら偶然目撃した人様の告白シーン。告白しているのは目立つグループにいる派手で今どきの女の先輩。そして告白されているのは女子に人気のテニス部財前光だった。
「も、もっとちゃんと考えてぇなあ」
「なんで俺がわざわざアンタのために脳みそ使ったらなあかんのですか」
限りなく無感情なその声はその場の空気を意図も簡単に凍り付かせた。隠した頭をこっそり覗かせ様子を窺うと、先輩は顔を僅かに引き攣らせて、だけど可愛く笑って話そうと懸命だった。
「な、ひ、光くん冷たあーい」
「ほんまにむりなもんはむりなんで、もうええですか」
さもめんどくさそうに抑揚のない声でそう告げた財前光。先輩の顔からはすでに笑顔は消え今にも泣きそうな、だけど怒りを含んだ表情に変わっていた。
「私のなにがあかんの!好きな子でもおるん!?」
「全部っすわ。香水きっついし化粧濃いーてバケモンみたいやし。あ、あとその猫なで声もきもい」
うわ、きっつ。部外者の私でさえ思わず眉間に皺を寄せてしまうほど辛辣なその言葉に先輩は無言のまま走り去っていった。なんだか先輩が哀れでならない。財前光の気持ちも、まあ分からなくもないが少し言い過ぎな気もする。
「みーちゃったー」
「…へえ、今日は起きとったんや」
「え…、」
どうであれ私には関係のないこと。
そう、関係はない。が、冷やかすことは大好きなので満面のにやけ顔とともに姿を現してみたが、期待したように驚かれることもなく。というより私がいることを始めからしっていたようで逆にこちらが驚かされてしまった。
「いっつもここで寝とるやろ。俺もよぉここ来んねん」
「そ、そうなんだ…」
聞けばよくここで音楽を聞いたりDVDを見たりと、ほぼ毎日のように来ているらしい。知らなかった。というか今までそれに気付かないほど爆睡していたのかと思うと恥ずかしくなった。
「てかさ、さっき言いすぎじゃない?」
「ほんまのこと言うただけや」
「うんまあ…そうなんだけど。あれ多分泣いてたよ」
「未練残らんでええんちゃう」
もはや先程の先輩には毛ほども関心がないらしい彼は大きな欠伸をひとつ吐き出すと、私の近くに座り何もなかったかのようにイヤホンを取り出した。
「冷たい人だねえ」
「…なんや、まだ起きとったん」
「うん、なんか目ぇ冴えた」
「ふーん。こら今日は雨やな」
「失礼な。私がつねに寝てるみたいじゃん」
「俺がここに来る限り寝とるとこ意外見たことないわ。口聞いたん今日が初めてやし」
「………まあ、」
「ああ、そういう面ではさっきの先輩に感謝せなあかんわ」
頬杖をついたまま顔だけをこちらに向けた財前光はわずかに微笑んでいた。彼の手が私の鼻をむぎゅりと摘まむ。
「なに…んがっ」
「明日は映画鑑賞や。ちゃんと起きときや」
「は?誰と?誰が?」
「俺と。アンタのふたりで」
私が何か言うより先に鐘の音が校内に鳴り響いた。それと共に財前光は席を立ちさっさと出て行こうとする。
「ちょっ、!」
「ほなまた明日」
そう呼び止める私の声を遮るようにふっと笑って去っていった財前光。去り際のあの笑みが先程の先輩に対して冷酷非道だった財前光と一致しなくて、なんだか胸のあたりがむず痒い。
「なに観るかぐらい言ってくれないと気になるじゃんか、馬鹿野郎」
ちょっとだけ明日が楽しみだなんて、思ってしまった。
20110512-0610
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