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「じゃからここの式にはこれを代入してな…」
「あ?、…あーはいはいわかった」
強制的に仁王に数学を教えてもらうことになったわけだけど。嫌々ながらに教えてもらってみたら意外にも説明がわかりやすくて、わたしでも基礎問題ならすらすらと答えられるようになってしまった。
「そうそう、よくできましたー」
ちょっと難しい応用問題が解ける度にそう言って頭をわしゃわしゃと撫でられる。嫌々だったけど教え方は悔しいが上手いしなんやかんや感謝しようと思う。でも頭は撫でなくていい。バカにしてんのか。
「この問題が解けるとは思わんかった。成長したのぅ」
「バカにしてるでしょ」
「誉めただけナリ」
「頭撫でるとかなに。こどもじゃないし」
「は?」
「は?」
「撫でられるん好きって言ったじゃろ?」
きょとんとした顔をする仁王にわたしも同じくきょとん顔で返す。そんなもん言った覚えはない。人ひとりいない図書室に沈黙が漂う。しばらく無言のまま見つめあうと頭を滑っていた手が髪を弄び始めてまた仁王が口を開いた。
「でもまあ、実際嫌いなわけではなさそうやの」
「なんで」
「もし嫌ならとっくに払っとるはず」
違うか?と人の髪で遊びながら自信ありげに答える仁王に思わず納得した。そうか確かに嫌なら爪でも立てて拒否しているだろう。
「…まあ、そうだね」
「おお、珍しく素直」
また髪をいじる手が頭をふわふわと撫でる。自分の頭を覆うくらいの大きな手とかあたたかさとかごつごつ感とか、確かに心地いい、かもしれない。
「あ、仁王に対して初めての好印象」
「ん?」
「仁王に撫でられるのはわりとすきらしい」
「他は?」
「まあうざいよね」
わたしの言葉に悲しむフリをして楽しそうに笑う仁王はまさしく無邪気なこどものようだった。うざいって言われて楽しんでるなんてほんと変なやつ。マゾなのか。
「よし、じゃあ今日はここまで!」
「なに勝手に終わらせちょる」
「だって明日休みだし」
「はあ、しょうがないのう。送ってく」
「チャリ?」
「歩き」
「え、使えね」
「帰りなんか食いたい」
「じゃーたまにはおごるわ。アイスとか」
「ハーゲンダッツ」
「オイ」
「もしくはふたりでパピコぱっきんしたい」
「うわなにその仲睦まじいかんじ…究極の選択だわ」
「どんだけ俺が嫌なんじゃ」
誰もいない廊下にわたしたちの下品な声と足音が忙しく響いた。なんやかんやでこんな変人といるのに慣れてきてるわたしはもうこの男のペースに呑まれているのかもしれない。まったく笑えないはなしだ。
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