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いつもより少し早めに登校すると自分の席で仁王がぐっすり寝ていた。朝練で疲れたのか。起こしてやるのは可哀想だからそっとしておいてあげよう。という気はもちろんない。
「おはよう起きたまえ仁王くん」
「んあ?やぎゅ…ってお前か…」
襟足の変なしっぽをびよびよと引っ張るとだるそうに体を起こした仁王。ぐぐぐっと大きな伸びをするとじっとりとした視線をわたしに向けてきた。
「変なしゃべり方するんじゃなか」
「似てたでしょ」
「似とったからやめてくれ」
「最低柳生くんに言いつけてやる」
「…ちゅうか、今日は早いな。どうしたんじゃ」
雨がふるんじゃねーのと鼻で笑って来やがったから鞄からお菓子をわしづかんで仁王の頭にバラバラと落としてやった。
「うお、ほんとにアメが降ってきた」
「やる」
「なんでじゃ?」
「昨日のジャージのお礼」
ちょっと気恥ずかしくてぶっきらぼうにそう言うと仁王はきょとんとしていた。いらんなら返せ、と散らばったお菓子を取ろうとしたら笑いながらその手を掴まれる。
「なに」
「いや、そんな律儀なやつとは思わんかったんでな」
「常識人だから当然でしょ」
「そうかそうか、そうじゃったな」
くつくつくつ。楽しそうに喉の奥で笑いながら仁王はサンキューと掴んでいたわたしの手にそのまま握手した。どこの外国人だお前は。
「いやー、ブンちゃんが来る前に隠さんとな」
「隠しても匂いでばれるんじゃない」
「嗅覚が発達しとるからな」
「今のチクってやろ」
「うそごめん」
今日も相変わらず楽しそうに笑う仁王。こんなに笑うやつだったかななんてぼんやり考えた。まあどうでもいいけど別に。
「そういえば仁王くんって最近さぼんないよねー!」
もはや当たり前のようになった昼食タイムでひとりの女子がそう言った。他の女子も大げさに反応をする。みんな仁王のお近づきになりたいと必死らしい。無知とは実に悲しいことだ。
「んー…、それは…」
ちらりと仁王がわたしを見るとまわりに気付かれないくらいに口角を上げた。うわなんか嫌な予感する。女子たちは続きを急かすようになになにー?とかわいい声を出す。
「名字サンに怒られたから」
「…え?」
瞬間空気が固まった。わたしがみんなの仁王サマを怒った?誰かが言ったえ?はわたしが一番言いたい。え?
「さぼってばっかりじゃみんな心配する。人に迷惑はかけるなっちゅうてな。俺そんなに心配かけとるんかのう?」
わざとらしくしょんぼりして見せた仁王に女の子たちは一斉に心配だよー!来てほしいよー!とすかさずアピールを始めた。女子たちの「名字さんナイス!」という視線が送られてきてほっと胸を撫で下ろした。すんごいヒヤヒヤした。わたしが仁王怒るとか何様だって言われるだろふざけんなまじふざけんな!
「ぶはっ、お前さんのあのびびりあがった顔たまらんかったぜよ」
「苦しんで死ねばいいのに」
五限目の授業、仁王はノートを立てて顔を隠しながらけらけらと笑い続けていた。昼休みのことがよほどツボにきたらしい。
「あん時の顔真似してやろうか?」
「いらん」
「まあ俺もあんな凄まじいもんは真似出来んけど」
「…」
「いたたた」
机に置かれたヤツの手を思いきりつねった。爪のびてるから痛いだろうしつこく笑った罰だざまみろ。
「はー、お前さんとおると退屈せんでいい」
「こっちは大迷惑だけどな」
「でも初日からしたら随分相手してくれるようになったよなー」
「…えっ」
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