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「名前」
「なに」
「名前ちゃーん」
「なんだよ」
「はは、呼んだだけ」

最近仁王はこの悪質な遊びにはまっているらしい。でれでれしながら人の名前を呼びつけ返事をすれば呼んだだけ、だ。うざいことこの上ない。

「でれんな」
「お前さんも雅治って呼びんしゃい」
「いやだ」
「なんで」
「言いにくい」
「まーとかまさとか省略可能ナリ」
「ないわ…」

名前なんて誰が呼ぶもんか。隣をちらりと盗み見るとにやにやともにこにことも言いがたい変な顔で見返され思わず顔をそらしてしまった。ほんといやになる。

夏休みはあっという間におわって、また学校生活が始まった。仁王は部活の大会も終わってあとは引退するのみとなり少しだけ寂しそうだった。全国大会での戦いでは少し落ち込んでたし。まあわたしは慰めなかったけど。軽々しい言葉をかけてはいけない気がして。そしたら仁王は笑った。黙って隣に座るわたしを見てデートしてくれと笑ったのだ。あの時の仁王の笑顔は、さすがにちょっとかっこよかった。

「今日部活ないし放課後デートでもせんか」
「…いーけど」
「んじゃ海でもいくか」

だけどまだすきもきらいも答えは出ない。とりあえず付き合ってみてるけど。このままでいたらいずれ答えは出るのだろうか。わからない。

「名前、名前」
「今度はなに」
「すいとうよ」

周りにいた女子の悲鳴が響いた。仁王とのことは夏休みが開けてすぐに学校中に知れ渡り公認になった。なったけど、これはよくない。

「あほか!人前でそういうのやめろばか!」
「じゃあ二人きりやったらええんか?」
「そういう意味じゃない!」

周囲からのギトギトした視線に恥ずかしくなって机に顔を突っ伏した。おーいと体を揺すってくるアホは無視だ。

甘ったるい顔と声で言われるすきが、いちいち焼き付いて頭のなかでぐるぐる回る。そしてまた思考は仁王がすきかきらいかに戻される。
真ん中という選択肢があればいいのに。考えることに疲れると必ずそう思う。きらいじゃないけど、恋愛的なすきかとなるとそれも言えない。やっぱり一番しっくりくるのは真ん中だ。
でも仁王は真ん中なんて答えは求めていないんだろう。むしろあいつはただ一つの答えしか待ってない。そしてわたしがその答えを出すことを信じて疑わないようだ。今まで散々無礼を働いてきたくせにどこからそんな自信がわき出るのやら。

「そういやもうすぐ海原祭じゃな」
「ほんとだ。そろそろ準備が始まるんだろうなー」
「今年はなにするんかのう」

静かに打ち寄せる波の音を聞きながらふたりでのらりくらりと浜辺を歩く。今日もあっという間に一日がおわってしまった。考え事ばかりしているせいだろうか。

「テニス部って去年演劇と模擬店してたよね」
「そうそう。演劇は幸村が企画から脚本、監督までやってな」
「賞もらってたもんね」
「しかも赤也が主演で」
「あれ切原くんだったんだ」

他愛もない会話。目に映る景色も時間の流れもすべてのろのろと間延びしている。なんて退屈な時間。なんて落ち着く時間。

「今年はなにすんの?」
「さあのー。ブンちゃんは食いもん系がええっちゅうて聞かん」
「じゃあ執事喫茶でもやっとけば?人気殺到爆発でしょ」
「え、爆発なん」
「仁王だけ」
「ひどい」

からからから。閑散とした浜辺に笑い声が響く。デートなんてあいつは言ったけどそんなロマンチックなムードはない。これが夕焼け空の海ならもう少しマシだろうけど九月の空はまだまだ明るい。そして暑い。

「日差しが暑いぜよ…」
「自分が来ようって言ったくせに」
「デートと言えば海じゃろ」
「なんて安易な」

わたしが鼻で笑うと、海が好きなだけだと呟いてそっぽを向いた仁王。あーあ、拗ねた。

「つまらんか?」
「なにが?」
「デート」
「うーん、まあ、退屈」

ずぼ。返事をした瞬間に右足が砂に埋まった。窪んでいたらしい。最悪だローファーの中がざらざら。裸足になった方が良さそうだ。

「どした」
「砂入ったから裸足になる」
「ああ、んじゃ俺も」

せっかく裸足になったから打ち寄せる波に足を浸けた。冷たくてきもちいい。波を踏んづけて遊んでいると靴を脱いだ仁王が隣に並んだ。大きな足が水に浸る。

「うわ、冷たー」
「足が砂に埋もれていくー」
「俺もー」

波打ち際でただ突っ立ってぼんやりと足元を眺める。海に来たカップルって普通追いかけっことか水の掛け合いでキャッキャウフフすんのかな。さすがに古いかな。

「退屈だけどさ」
「ん?」
「わたしはキャッキャウフフなタイプじゃないからこれでいい」
「…そうか」
「きらいじゃないよ」
「おう」

片手で靴を持って、空いた手はそばにある手を持った。豆だらけのごつごつな手。暑くて汗がにじむ。でもきらいじゃない。

「名前」
「なに」
「なんもない」
「あっそ」

きらいじゃないんだ。

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