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仁王と恋人になるという概念がそもそもなかった。今でこそ隣にいてもあまりなんとも思わなくなってしまったけど、あの席替えがあるまでは仁王はアイドル、そしてわたしはそのアイドルをお茶の間で眺める一視聴者ぐらいに全く関わりはなかったのだ。
それに関わりが出来たとは言っても男と女という区切りがあるような感じでもなかった。ほぼ罵り合っていた記憶しかない。
でも、そう言えば前にナンパされたとき女扱いされたっけ。あの時はちょっとときめいたかもしれない。仁王はたまーにわかりにくいくらいに優しくなるからなあ。ああでもやっぱりおちょくられた日々を思い返すと腹が立つ。

「ゲームセット!ウォンバイ立海!」

炎天下の中ぼけーっとしていたら審判の声が響いて我に返った。沸き上がる歓声。おお、仁王と柳生くん勝ったんだ。仁王の茶髪笑えるなあ。隣で楽しそうに観戦している友人にそう言ったら怒られた。

「でもついてきてくれるの珍しいよね。誰か目当ての人いるの?柳くんは渡さないから!」
「ちがうちがう。東京で買い物したかったの」

まあ、三分の一はおっしゃる通り人目当てだけど。という言葉は心の中にしまった。家に籠って仁王のことを考えてみてもさっきみたいな堂々巡りの考えしかできなかった。そこでちょうどよく友人のお誘いがあって試合を観に来てみたけど、なによりもくそ暑くて今はもうただ帰りたいと思う。

「それにしても仁王くんも柳生くんもすごかったよね!さっすが詐欺師と紳士!」
「うーん、小賢しいというか悪質というか…スポーツマンシップどこいったっていう」

仁王のテニスを初めて見た。人を小馬鹿にしたようなプレイスタイルはアレだが知識のないわたしでも実力があるのはわかったし、なにより楽しそうなその様子に目を奪われた。仁王が生き生きキラキラしてる。

「あれは歴とした作戦なの!」
「そ、そうなんだ」
「仁王くんと仲いいくせにそんなのも知らないわけ?」
「…は?」
「あ!柳くんよキャアアア!」

友人の口からとんでもない言葉が聞こえた気がする。一瞬にして柳くんの方に彼女の意識は行ってしまったようだけど、いや、でも今確かに。

「ちょっと今のどういうこと」
「うるさいな、柳くんに集中させて」
「仁王と仲いいってなに」
「あーもうしつこい、そのまんまの意味!勉強みてもらったりしてたんでしょ」
「しし知ってたのか…!」
「うん、みんな知ってる」
「ええええ」

驚愕の事実にアゴが外れそうになった。思ったより大きな声が出たらしく周囲の観客に奇異の目を向けられる。友人に恥ずかしいと怒られた。

「放課後待ち伏せしてたファンが見たらしいよ。あと休日にあんたら見た子もいるらしいけど」
「え、いや、それは仁王が」
「へーえ、遊んだんだ」

じっとりと湿った視線を送ってくる彼女にいたたまれなくなって、「言わなくてごめん」と正直に謝った。すると彼女はくすりと笑う。

「うそ。理由は大体わかるし怒ってない。うらやましいけど」
「…よかった」
「大体授業中しゃべってんの丸聞こえだし。あんたの罵声とか」
「まじでか」
「まあファンは複雑だろうね。媚びてないのはいいけど私たちの仁王くんを馬鹿にして…!って」
「あー…」

そうか、もうわたしたちのことはみんな知ってたんだ。じゃああんなに仁王ファンに怯えてた日々はなんだったのだろう。あまりにも呆気ない恐怖からの解放になんだかひょうし抜けだ。

「ということは仁王と一緒にいても怒られないんだ」
「なにそのずっと一緒にいるみたいな言い方」

のろけてんじゃないわよと吐き捨てるように言った友人。そんなつもりじゃないんだけど。ああでもほんとう、これからも一緒にいること前提な言い方だ。うっわわたし気持ちわる。

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