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「ああ、ちょうどいいところに居たな」

廊下で鉢合わせた麗しいその人はきれいな笑顔で「お前に会いに行こうと思っていたんだ」と言ってわたしの手を取った。


「…これなんすか」
「つい先日帰りに偶然見かけてな。おもしろいし何かと使えそうだったから撮っておいたんだ」

人気のないところへわたしを連れてきた麗しの柳くんは、それはもう美しい微笑みを浮かべてケータイの画面をわたしに見せた。そこに映るは、先日仁王にのし掛かられた時のそれ、だった。

「…な、なにが目的なんだ」
「さすがは名字、理解が早くて助かる」

美しい微笑を保つ彼は逆に凄まじく怖い。何を企んでいるのか、感情が読めないのだ。見られていたことはまず恥ずかしいがそれよりもこの突然すぎる事態に混乱というか戸惑いを隠せない。そんなわたしを見て柳くんはフッと息を漏らして笑う。

「お金はまじでないんで勘弁してください」
「金ではない」
「じゃあなんですか」
「ちょっとした雑用を頼まれてほしいんだ」
「雑用?」
「そう、テニス部の雑用なのだが」

柳くんの要求は簡単にいうと期間限定のマネージャーとしてわたしに部の雑用をしてほしいとのことだった。今テニス部は部長の幸村くんも抜けて大会もあってと大変忙しいらしい。どうだ、とイエスorハイの答えしか認めないという意味が込められた問いが迫る。しかしずばりわたしの答えは「嫌だ」しかない。

「嫌?お前に拒否権などないはずだが」
「でも嫌です命が惜しいんで」

あんなアイドルグループみたいなテニス部の、例え期間限定とはいえマネージャーになるのだ。他の女子は黙っていない。わたしはまだ死にたくないのだ。

「この画像を拡大してバラまいてもいいのか?」
「この写メなら顔もはっきりとしてる訳じゃないからまだごまかしようありそうだし、マネージャーやるよりはマシかなと」
「ほう、そこまでマネージャーをしたくないんだな」
「そりゃもう。女子の嫉妬が怖いしなにより面倒そうだし」

笑顔の圧力がハンパじゃないしなにか言い知れぬ恐怖で足が震えているんだけど、どうにか自分の意思だけは伝えた。マネージャーだけは、本気でしたくない。

「やはりお前はマネージャーをやるべきだ」
「…は?」
「他の女子に任せると余計な感情を挟みすぎて仕事になりそうにない」
「あー…いやわたしもイケメン見てたら仕事出来ないんで」
「仁王で慣れているだろう」
「あれは顔だけの男です」
「ふっ、おもしろいな」

全身で拒否オーラだしてるのに一向に引く気はない様子の柳くん。むしろなんとなく楽しそうだ。わたしは早くこの息苦しい空間から逃れたいのに。

「まあ敵は俺だけではないからな」
「え、」
「レギュラー陣はみんな知っている。というより実際に見ていた」
「…なんたる」
「今後それをネタに弦一郎や柳生もお前を説得しに来る」
「えええ…無理ですよもう断ったんでその旨伝えておいてください」
「それは出来んな。お前が雑用を引き受けるまで嫌がらせは続けさせてもらう」

ええもう嫌がらせって言っちゃったよこの人。伏せられていた目がすっとこちらを見据える。それからゆっくりと口元に弧を描いて一言。

「お前が来ることを楽しみにしている」

優しい手つきで頭を撫でて去って行った柳くんの言葉が呪文にしか聞こえなくて、怖くなって初めて仁王に会いたいと思った。

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