10


開眼一番、目に飛び込んできたのは見慣れた部屋ではなく、穏やかに微笑む銀髪の男だった。

「…え?」
「おう、やっと起きたか」
「…え?」
「お前のママさんに出掛けるからっちゅーて昼と夜のメシ代預かったぜよ」

ほれ、と枕元に一万円札と小さめのメモ紙が置かれる。

「…え?」
「どうした、まだ寝ぼけとるんか?顔でも洗っ」
「いやいやこれなんて悪夢?」

ベッドから飛び起きてとりあえずダッシュで顔を洗いに行った。ばしゃばしゃと水を顔に叩きつける。水が冷たくて頭がすっきりと冴えてきた。昨日変なことがあったからか、寝起きに妙な幻覚を見てしまった。今日はなんだか運が悪そうだし一日引きこもろう。そう顔をべしべしと叩きながら自分の部屋に戻った。

「目ぇ覚めたか?」
「…」
「まてまて無視はいかんぜよ」

扉を開けると我が物顔でわたしのベッドでくつろぐ銀髪がいた。まだ寝ぼけているようだ。もう一度顔を洗いに行こうとドアを閉める。しかしその前にがしりと腕を掴まれた。

「ぎゃああ!不法侵入者!」
「落ち着きんしゃい、俺じゃ、仁王」
「そりゃなおさら警察呼ばないとだろ!」
「おい」

ごつん、と頭を殴られた。すごい痛い。今のでこれは現実に起こってる出来事のだと悟ってその場に座り込んだ。ああもう、なんでこんなことに。

「昨日お前さんが家に入ってすぐママさんに会ってのう」
「…え」
「手ぇ繋いだとこ見とったらしく俺は彼氏じゃと思われてな」
「…え゙」
「家に遊びに来いって言われたから今日来たんじゃ」

そう言ってわたしにメモ紙を差し出した仁王。そこには母の字で「かっこいい彼氏と仲良くね!d(^-^)」と書かれていた。

「それでいちまんえんも…」
「二人ですきなもん食って来いって」
「…仁王よ」
「なんじゃ」
「もちろん否定したよね?」
「当然ナリ」
「よかった」
「うちの子が好きなのねって言われたからの。いいえ愛してますと言っといたぜよ」
「バカヤロウ!」
「ゔっ」

全力で仁王の腹に左ストレートを決めてやった。鳩尾に入ったらしく腹を抱えて身悶えている。心を込めてざまぁって言ってやった。

「…そうかだから昨日機嫌よかったんだ」
「まあ過ぎたことは忘れてとりあえず飯にせんか」
「そうね次は右ストレートをご馳走してあげるよ」
「ごめんなさい調子乗りました」

怯えたように近くにあったクッションを盾にした仁王に大きなため息を吐いた。なんで休日の、しかも一番落ち着くはずの自分の部屋でこんな目に合っているのか。なんか頭痛くなってきた。

「もういい、飯」
「どっか食いに行くんか?」
「テイクアウトできるカフェが近くにあるから買ってこい。わたしタマゴサンドのAセットな。あとケーキ何個か」
「え、俺ひとりでか」
「それ以外になにかある?」

右手をかざしながらにこやかに答えると仁王は上着をもってそそくさと出ていく。玄関の扉がしまると同時に深く息を吐き出した。
部屋片付けてないのに。寝起きで頭ボサボサなのに。最悪だ。最悪。仁王にこんな悲惨な状態を見られたこととか昨日の今日でなんだか仁王の顔がうまく見れない訳のわからん自分とか、とにかく最悪だ。
いやいや、でもまあ仁王だし。顔がいいとはいえ中身残念だし。部屋が散らかってようと頭がボサボサだろうと関係ないじゃないか。なのになんでわたし着替えてんの髪とかしてんの部屋片付けてんの。ああもう帰ってきたら次は右フックぐらい決めてやろ。

「…ちょ、ダメじゃって」
「んだよ、別にいいだろぃ!」

そうこうしていると玄関先が騒がしくなった。うわはやい。あのやろうもう帰ってきたのか。

「俺が怒られる…!」
「お前が怒られるとことかますます見たいんだけど」

玄関から聞こえる話し声。親は出かけたらしいし、誰かお客さんでも来たのだろうか。

「仁王、誰か来て…」
「あれ、お前の彼女って名字さん?」
「え…」
「あー…」
「まーいいやとりあえずお邪魔しまーっす」

仁王クソヤロウなんかややこしいの連れてきやがった。

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