txt | ナノ
「最近白石の様子がおかしいねん」


忍足が私の方を見てそう言った。それに相槌を打ちながらやはり私を見るホモコンビとピアス野郎。じっとりと湿気を含んだその視線に「ふーん」とだけ返せばそれぞれの視線はより湿度を増した。


「アイツと何かあったんと違うんか」
「べつに。何もないし」
「せやけどこの前アイツと一緒に日直やってたやん。白石がおかしなったんはそっからやねんで」
「だから知らないって!」


自分でも驚くほど大きな声が出た。ムキになってしまった、それはつまり何かあったと言っているようなもので。みんなも一瞬驚いた顔をしたけど察したようにそれ以降その話題は出さなくなった。

あの男の様子が最近おかしいのは私にだって分かっていた。授業中先生に当てられても上の空だし、昨日なんて階段から落ちそうになってた。そして何より顔に覇気がないというか、普段通り笑ってはいるけどいつもの爽やかさが見受けられない。それでも私には関係ないし、あれは私のせいじゃない。自分にそう言い聞かせて、訳のわからないこのモヤモヤを必死に抑え込んだ。


「あ…」


昼休み、指がじんじんと痛みを帯びてきて保健室にきた。体育の時間ぼけっとしていたらボールを取り損ね突き指してしまったらしい。湿布だけでももらおうと来てみたが、そこに居たのは先生ではなく、あの男だった。
幸いまだ気付かれてはいないらしい。白石は椅子に座りぼんやりと窓の外を眺めては時折深いため息を吐いていた。とてつもなく入り難い。


「あの…」
「っうわ!」


それでも指の痛みには勝てず、仕方なく声を掛けてみた。その瞬間ガッターン!と、例えるならそんな表現の合う音が静かな保健室に響いた。


「ちょ…!大丈夫?」
「…あ、あかん、」


私の声に驚いた白石が椅子ごと後ろに倒れた。普通なら笑ってやりたいところだが倒れたまま頭を押さえて起き上がらないからこれは笑えない。どこか打ったのかとか痛いのかと聞いても「あかん」としか言わないし。どうしようもなくてとりあえず頭を冷やしてやろうと思い保健室の冷蔵庫から保冷剤を取り出し白石の側に近付いた。


「寝るならベッド移りなよ。あと頭冷やして…」


白石に触れようとしてピタリと手が止まる。手の隙間から見えたヤツの顔が真っ赤だったからだ。急に黙り込んで凝視していることに気付いたのか、白石は弱々しい声で「見らんといて」と呟いていた。


「え、なに、は?」
「…」
「頭は?打ってないわけ?」
「打っとるけど、それよりも名字さんに醜態晒したことの方がショックすぎて動けへん…」


耳まで真っ赤にして、情けない顔で、床で小さくなっているこの男があまりにも滑稽で思わず吹き出した。私の笑い声に何事かと起き上がったヤツの前に殺しきれない笑いを漏らしながら手を差し出す。


「なん…」
「手貸すからベッドに移ろ」
「え、せやけど、」
「今日はおもしろいもん見せてもらったし。驚かせたの私だから、お詫び」


目を数回瞬かせ、それから嬉しそうに笑って白石は私の手をそっと握った。その頬の赤みは少し増しているように見えて、私は何故だか胸が締め付けられるような思いがした。



~0711


 

×