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「おはよう白石くん!」
「朝練お疲れさま!」
「ああ、おはようさん。おおきに」


朝からたくさんの女子に囲まれ騒がれながらも爽やかな笑顔を振り撒いている我が校のアイドル的存在、白石蔵ノ介。二年でテニス部の部長に就任、その実力は聖書なんて通り名が付くほどに無駄のない完璧なプレイをする全国でも名の知れた強者、らしい。学校生活においても彼は完璧人間。勉強もそつなくこなし文化部の方でも新聞部で作家として活躍してるし人当たりのいい性格、そして何より生まれ持ったその美貌が多くの人を惹き付けていた。

だけど私は、そんなあの男が大嫌いだ。顔よし頭よし性格よし運動神経よし。何もかも完璧でそれなのに全然飾ってなくて。そんな奴が居てたまるもんか。そんな絵に描いたようなやつ、私は絶対認めない。周りからすれば僻んでるとしか思えないだろう。というかまあぶっちゃけると実際これはただの僻みだ。同じ人間なのにどうしてここまで違うのかって、あの男を見てると悔しくて堪らなくなる。しかもそこまで完璧なんだから少しは鼻を高くしてふんぞり返るなりなんなりすれば幾らか人間味があって好感も持てるというのに、あの男は全くそんな素振りも見せないのだからより完璧で殊更むかつくのだ。


「私って性格悪いのかなあ」
「んー…」
「まぁお前の気持ちも分からんでもないわな」
「俺かてたまにイラッとくるときあるで。あのモテ様」


あの男から少し離れたところで私はやつと同じテニス部である小春ちゃん、一氏、忍足と会話を交えていた。実は白石を除くテニス部員と仲の良い私。元々は小春ちゃんと仲がよくて、そしたら一氏とも必然的に話すようになり、今はいないけど二人とよく居る財前とも仲良くなって忍足とも喋るようになり、今に至る。


「せやけど蔵リンも案外どじっ子やよ?笑いの為なら体も張るし」
「そんなの人を笑わせようとしてるんじゃん。サービス精神まで持ち合わせてるなんてますます完璧すぎてむかつく!」


ひねくれた私のその発言にその場にいる三人は苦笑していた。でも特に否定もしないし怒るわけでもないから多分みんなも少なからずそう思うのだろう。それが居心地よくて、気付けば私は白石を崇拝する女友達なんかよりこの人たちと居る時間の方が増えていた。


「なんでそない毛嫌いすんねやろなあ。アイツに何かされたん?」
「そんな訳ないじゃん。むしろ近付いてきた時点で刺し殺すわ」
「部長もえらい嫌われたもんっすね」
「あ、おはよー」


そうこうしていると後ろからぬっと財前が現れた。朝に弱い財前はまだまだ眠そうだ。寝癖がついてるところを見るとどうやら寝坊したらしい。


「おんなじイケメンでもやっぱ違うね!そういうちょっと抜けた感じがいいんだよ財前くん!グレイト!」
「は?頭イカれてもうたんですか先輩」


冷めた目でこちらを見る後輩に私は満足気に笑いかけた。財前を含めここに居る人間も顔がよくて何かしら人より秀でた才能を持っている。でも彼らは嫌いじゃない。それは彼らにも欠点があるからだ。例えば性格が悪かったり、はたまたホモだったりヘタレだったり。顔も頭も運動神経もいいけど、そんな悪いとこもちゃんと持ってる、それが彼らと白石の大きな違いなのだ。


「それまったく嬉しない誉め言葉っすね」
「そお?大絶賛してるつもりなんだけど」
「せやけど白石かてなあ…」
「あーもういいって。なんかこれ以上あんなのの話してたら気分悪くなるからやめよ」
「あんなのて…ええ奴やねんけどなあ…」
「何であれ嫌いなもんは嫌いなの!」


そろそろチャイムが鳴る頃だろうと適当に話に区切りをつけ席に戻ろうと後ろを向いた。それとほぼ同時にこちらを見ている人物と、ばちり、目があった。


「しらい、し」
「…」


思わず名前を呼んでしまった。その声で周りも彼の存在に気付き「しまった」とでも言うような顔をしている。数秒こちらを見つめ何か言ってくるのかと思いきや、無言のままその場から立ち去っていった。
あからさまに傷付いた表情。何故、私ごときの女に悪口を言われたぐらいでそんな顔をしたのか。意味がわからない。

一瞬心の隅に過った罪悪感に最大の嫌悪を込めてチョップした。


20110627-0628


 

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