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放課後、下足置き場を抜けた玄関前。私はそこで呆然と立ち尽くしていた。
本日は空の機嫌が大変よろしくないようで。ざーざーを通り越してどばどば降ってる雨と上空でごろごろ唸ってる雷といつもより強い風。所謂どしゃ降りってやつだ。朝の天気予報では降水確率30%だったのに。めんどうだからと傘を持ってこなかったことを今更ながらひどく後悔した。

それでもいつまでも学校にいるわけにはいかない。早く帰ってだらだらしたいしお腹だってもうぺこぺこだ。ちょっとした葛藤の末、背に腹はかえられないか、そう思い一つ深呼吸をして覚悟を決めると私は強く地面を蹴り上げた。

「ちょお待った待ったー!」

雨の中に突入してすぐ、激しい雨音に紛れて誰かの呼ぶ声が聞こえた。思わず立ち止まり振り返ると傘を片手に駆け寄ってくる男子生徒が目に留まる。

「うわぁ…あかん、間に合わんかったな…」
「え、え、なんで」
「こんままやったら風邪引くな…ちょお傘持ってて」
「お、あ、はい」
「拭いとくだけでもなんぼか違うやろ。あ、これまだ使うてへんやつやから安心してな」
「いや、ちょ、ぶほっ」

駆け寄って私を傘の中に引き込んだ男は人の話をことごとく遮り、さらには取り出したタオルで無遠慮に私の濡れた頭をわしゃわしゃと拭き始めた。

「待っ、しらい、し」
「こら、じっとしときぃ」

いやいやと頭を振ってみた、が、母親が子供に言い聞かせるような口調で窘められただけだった。
何なんだこれは。頭の中盛大に混乱してるんだけどこれ。なんで部活に行ってるはずの白石がここにいて、なんで私は白石に頭を拭かれてるの。状況に追い付かない脳が白石の手の動きに合わせてぐらぐら揺れる。タオル越しに伝わる温かくて大きな手が気持ちいい。とか。わからない。この状況を甘受している自分が一番わからない。

「ん、まあこんなもんやな」
「あ…ありがと」
「…」
「白石?」
「あ、いや、すまん、なんや勢いでこないなことしてもうて…」

嫌やったよな、と先程までの勢いはどこへやら途端にしょんぼりと苦い笑みを浮かべた白石。私の首にタオルを巻くと少し微笑んで「ほな」と背を向けた。…え、ちょっと。

「ま、待って!」
「えっ」
「えっ じゃない!どこ行く気よ!」

傘から出ていこうとする白石の腕を慌てて掴む。するとやつは驚いた表情で当たり前のように家、と答えた。

「俺のことは気にせんとその傘使うてええから」

ああ、やっぱり。なんとなく予想はしてたけど。本当にむかつくほどお人好しすぎて最早ため息しか出ない。

「白石と相合い傘するのは確かにいや」
「…おん」
「でもそんなこと言って私だけ傘借りて白石が濡れて帰るのはおかしいし私も気分悪い」
「え」
「だから白石の家まで一緒に行く。そのあと傘貸して」

視線を逸らしてぶっきらぼうにそう言った。人にものを頼む態度じゃないってわかってる。けど、気恥ずかしくて、今の私にはこれが精一杯だった。

「…おおきに」

それでも白石はこんな私の態度にだって優しい声で優しく微笑んで、礼を言うんだ。それは私が言うべき台詞なのに。
「ほな行こか」 そう私の手から自然な動きで傘を抜き取った彼に、私は顔を上げることができなかった。素直じゃない不細工な顔をふかふかなタオルでそっと隠して、白石の隣に小さくなって並んだ。




~1106

8.5


 

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