txt | ナノ

「名字さん、おはよう」
「え、あ、…うん」

最近あの男は私によく挨拶をしてくる。席はそんなに近くないのに私が登校するとわざわざこちらに来てまでだ。その度に向けられる女子たちからの禍々しい視線が怖い。女とは恐ろしいものだ。というかそもそもあの男は何なんだ一体何がしたい。

「え、自分らいつの間に挨拶するような仲になってん」
「…さあ、こっちが聞きたいわ」
「せやけどアイツ今輝いてたで。この前とはえらい違いやん」
「ほんまやねぇ。蔵リンなんや嬉しそうやわ」

にこにこ笑顔の小春ちゃんとその他多数のやつらに小さくため息をついた。
私はあの男が嫌いだ。あいつも嫌われていることは分かっている。それは現在進行形である、はずなのに。あの保健室の一件があって以来ずっとこんな調子だ。あの男は私に馴れ馴れしくも挨拶をして、私もあからさまに拒絶できなくて。気持ち悪い。この現状全てがむず痒くて腹立たしくてキモチワルイ。

「ああもううざい、忍足死ね」
「イタッ!なんでやねん!」
「お黙り!アイツの友達なお前も敵だ!だから死ね!」
「八つ当たりかい!」
「あ、せやせや。そんなお前におもろいもん見したるわ」

不意にがさごそと一氏が自分の鞄の中を漁る。一氏の言うおもしろいもんに思わず忍足の自慢の金髪を引っこ抜く手を止めそちらに意識を向けると目的のものを探り当てた彼の手が薄っぺらいナニかを掴み鞄から姿を現した。

「…え」
「な!?ユ、ユウジ、それは…!」
「…せや、あの浪速の聖書が唯一持っているとされる心と体の性書や!」
「…ちょっと貸して」

一氏の意味不明な発言は無視してそれをまじまじと見た。所謂アダルトビデオってやつ。パッケージには制服を淫らに着崩した色っぽいお姉さんがいた。どうやらこれはコスプレものらしい。他にも女教師、ナースなどといった定番の衣装を着た表紙のお姉さんが裏側にたくさん載っている。

「どや?白石も健全な普通の男やろ?好感度アップや!」
「…一氏」
「おん?」
「ごめん、ドン引き」
「え」
「ユウくん、これはプライバシーの侵害や。蔵リンに全力で土下座してこいやボケ」
「え」

ドン引きっていうかまさかあの男にこんな趣味があったとは。少し離れたところにいるヤツを見た。やはり爽やかだ。なんか居た堪れない。

「おもろそうっすね。これ見てみません?」

各々がぎゃあぎゃあと騒ぐ中、財前の声がその場に響いた。みんなの動きがピタリと止まる。見るってどこで。そんな私の疑問を読み取ったかのように財前は付いて来るよう言ってさっさと教室を抜け出した。みんなも後をついていってる。いやいやお前ら授業始まるからね!教室戻ろうね!そんな私の声は彼らには届かなかった。




大画面で映し出される凄まじい映像とそして大音量で部屋中響き渡る女性の喘ぎ声。財前が連れてきた場所は今はあまり使用されていない視聴覚室だった。いやーんって言いながらあまり興味なさ気な小春ちゃんと目をギンギンに光らせて画面を見つめるホモとヘタレ。忍足はまだいいとして一氏はなんなんだ。こいつホモじゃなかったのか。

「来るんじゃなかった…」
「部長もなかなかエグいもん持ってはりますわあ。ほんまびっくりや」
「私からしたらなに食わぬ顔してみてる君にもびっくりだけどな」

流れる映像をただただ無表情で見る財前。ほぼ無修正なそれをチラリと見てみたが私はそれ以上見ることが出来なかった。うおえ、グロテスク。

「白石がまさかこんなもん持ってたとはね…爽やかなツラしてヤることヤってたんだ」
「さっきユウジ先輩が言うとった事聞いてはりました?」
「さっき?」
「部長がAVこれしか持ってへんっちゅーの」
「あー…そういえば」

まあこんだけエグけりゃ他のはいらないでしょ。そう言ったら財前は静かに首を横に振るとDVDのケースを手に取りそこに写る女優さんを指差した。

「これ、誰かに似とると思いません?」
「…ん?誰かって?」
「あ!ほんまや、言われてみたら似てるわあ!声もそっくり!」

話を聞いていた小春ちゃんはいち早く気付いたらしい。いろんな女子を思い出すが誰も当てはまらない。誰だろう、私の知り合いなのか。懸命に考えていると突如ハッと目を見開いた忍足と一氏が同時に振り返り私に向かって指を突き付けた。

「ま、そーいうことっすわ」

やっぱりついて来なければよかったと思いました マル




~0801


 

×