ご機嫌ですので
「いや〜。やっぱ私天才やわ!」
目の前で鼻高々にそういうのは俺の天敵桜井優奈。結局昨日の記録会は絶好調だったらしく、自己ベストを塗り替えたのだ。喜ぶ気持ちはわかる。分かるけどや!!!
「俺の目の前でその話するん何回目やねん!!」
「あ〜ほんま気分ええわ!」
「おとといなんて緊張のし過ぎで死んでたくせに!」
「うっさいわ!年中白石に怒られてるくせに!」
この女めっちゃムカツク…とにらみ合ってると隣で白石が「仲ええなー」とつぶやいた。その直後『仲良くない!!』と桜井と声がハモったので何も言えなくなってしまった。
「にしても昨日はカッコよかったでー桜井」
「あれ、白石も見に来てくれてたん?」
「せやで。謙也が行く行くうるさくて」
「言ってへんわ!」
昨日は部活が終わった後にみんなで陸上部の大会を見に行ったのだ。まあ、白石や小石川や小春たちを誘ったのは俺やけど…。
「あ、予鈴や。ほなまた白石。あ、ついでに忍足も」
「ついでは余計や」
桜井はスキップ混じりの足取りで教室へと戻っていった。こないだまでのピリピリはすっかり取れて、むしろご機嫌の域だ。
「桜井、元気になってよかったな」
「フン、人騒がせなやつやわ」
「一番心配しとったくせに」
「やかましいわ」
でもまあ、元気になって、よかったとは思う。この間までの雰囲気じゃ話しかけることもできひんし。
「で、今度は俺らの番やで」
「は?何が?」
「アホ!今週末府大会やで!」
「あ、せやった!!」
忘れてた!!なんて言ったら白石に本気で殴られた。やばい、今週末試合やん。桜井のこと心配してるじゃなかった…。
今日は陸上部は休みの日で、つまり桜井の自主練の日やったから、絶好の勝負日和。しかし白石が結構な権幕で俺の方睨んできたから大人しく部活に行くことにした。
*
主人公視点
自己ベスト更新。これがどんなに嬉しいことか。嬉しすぎたので、今日は休みのたびに忍足の教室へ行って自慢してしまった。自分でもウザイなと思ったけど、嬉しすぎたから仕方ない。
「優奈ー、今日も自主練?」
「あー、一応そのつもりやけど」
「試合後やし、少しは休養したほうがええんちゃう?」
「うーん…。…せやな」
たまには人の意見を聞くとするか。そんなわけで久々のオフの日となったわけだけど、あいにく私は普通の女子中学生の過ごし方を知らない。部活のみんなが部室でわいわいしていたので、少しそれに混ざってみた。
「でなー、…昨日ついに告白されたんや!」
「えーほんまに!?きのう大会やったやん」
「大会終わったあとやで」
「うわーええなあー」
「ほんで今週末デートするねん!」
「めっちゃええやんか!」
どうやら恋バナに花を咲かせているらしい。私には無関係の話過ぎて聞く以外何もできなかった。みんなちゃんと恋とかしてるんだな
「みんなええなあ。女の子やん」
「えー?優奈も忍足君おるやん」
「は?オシタリ?」
「ええよなあ、忍足君カッコイイし」
「うらやましいわ」
「ちょ…やめてやほんまに」
「結構みんな噂してるで?優奈と忍足君が付き合ってるって」
そんな勝手な噂するな!!と言いたかったけどまあ噂されても仕方ないなと思った。だって最近忍足とよく話すもんな。でも忍足はない。あいつはせいぜいマブダチだ。
「あ…」
そういえば、忍足にお礼しなくちゃ。結構迷惑かけたし…
「なあ、みんなお礼って何したらええの?」
「は、何や急に」
「誰にお礼するん」
「忍足。言っとくけどみんなが期待してることは一切ないで」
「なんや照れなくてもええのに。お礼なー。何のお礼かは知らんけど、ゴハンおごるとか物あげるとかしか浮かばへんな」
「ご飯…物…」
なるほど、確かにご飯と物は手っ取り早い。
「めっちゃ参考になったわ。ほな私いくわ!」
「あ、うん、おつかれー」
バタン
「なー、優奈忍足君となんかあったん?」
「さあ、喧嘩したとは言ってたけど」
「ていうか絶対あの二人なんかあるよな」
「あるある!少なくとも忍足君は優奈に気があるな」
なんて会話がされてたなんて思ってもみない私であった。
・
・
ご飯と物。なるほど良いことを聞いた。早速忍足にお礼しようと思って、テニスコートへ向かうと、まじめにテニスしてる忍足の姿があった。
「なんや、今日はまじめやな」
…そういえばこないだの地区予選以来だ。忍足がテニスしてるとこ見るのは。
「ん?桜井か?」
「あ、小石川」
テニスコートを眺めていると声をかけられ、振り向くと小石川がいた。
「さっきぶり」
「ああ。めずらしいなテニスコートに来るのは」
「うん、ちょっとね。それより、大会近いの?」
「近いで。今週末府大会やし」
「ああ、それでか…」
「謙也も珍しくまじめに練習してるんやで。千歳もおるし」
千歳?と聞き返すと、今忍足と打ち合ってる奴だと言われた。うお、でかい。バスケ部よりでかいんじゃないか。あんな人いたんだ。
テニスコートをまじまじと見ると、なんだかおかまみたいなのもいるし、ふざけまくってる人もいるし、まじめにやってんだか疑問に思うくらいだ。
「…なんか、テニス部変わった人多いね」
「まあな…」
小石川…苦労してそうだ。なんて思ってると、白石が「休憩!」と叫んだ。すると忍足が私に気が付いたらしく、ラケットをぶんぶん振り回しながら私の方へ寄ってきた。
「何しに来たんや!まさかここまで自慢しにきたわけとちゃうやろな」
「ちゃうわアホ。なあ自分、今日この後空いてる?」
「え?…あ、空いてるけど」
「そ。ほなちょっと付き合ってや」
「え」
忍足はあっけにとられながらも「ハイ」と大人しく言った。どんなキャラやねん。テニス部の練習が終わるまで、私はそばのベンチに座って忍足を待つことにした。鞄をあさり財布を取りだすと、きっちりお札が入っている。よかったお金入れておいて。何奢ってやろうかなーと思いながら、まじめに練習する忍足を眺めた。