喧嘩しちゃった

謙也視点

季節はもう五月の半ば。相変わらず俺は桜井に勝負を挑んでは負け続けていた。

「桜井ー!勝負しろや!」
「せんわアホ」



いつものグラウンドで、いつものように桜井に勝負をふっかける。いつもと同じような光景だけど、何かが違った。



「は!なんでやねん」
「なんででも」
「ええやんか200メートル走るくらい」
「あーもううるさいな」



そういうと桜井は一人走りに行ってしまった。今日の桜井はちょっと変だ。いつもならあーだこーだ言いながらも勝負には付き合ってくれるのに



「…なんやねんあいつ、感じ悪いわ」
「忍足くん、今優奈に構わんほうがええよ」
「え…なんでなん」
「今週末、記録会あるねん。多分それでピリピリしとるんちゃうかな」
「記録会…」



話を聞くと、陸上部には定期的に記録会という名の試合があるらしい。テニスで言ったら野試合みたいなもんだと思う。(ちょっと違うか)



「なんやねんそれくらいでピリピリしとるんか」
「そりゃあ、タイム測るのは冬の新人戦以来やし、自己記録上回れるか不安なんちゃう?」
「優奈冬の新人戦のときほんまに速かったもんなあ」




横目で桜井の姿を眺める。遠くからでもピリピリが伝わってきて、陸上部の奴らでさえ声をかけられない雰囲気だった。
そりゃあ試合前は俺や白石も多少はピリピリするけど…。あそこまでピリピリするか普通…










「そりゃあするやろ」




次の日の昼休みの教室で、授業道具をしまいながら白石はさらっとそんなことを言った。




「いや、せえへんやろ」
「あほ、桜井は一応こないだ全国1位取ってんねんで。して当たり前やろ」
「…ぜ、全国一位…」



そういえばそうだった。…あいつ、なんだかんだでスゴイ奴だっけ…





「…そ、それにしてもや。口悪い上に態度まで悪なったらどうしようもないで」
「まあまあ、それより謙也、しばらく勝負しに行くのもやめときや」
「え!なんでや」
「そりゃそうやろ、自分めっちゃ邪魔やで」
「邪魔!?」




俺が邪魔…
確かにまあ、よく考えるとそうなのかもしれないけど…




「とりあえずその記録会が終わるまで、邪魔しに行くのやめときや」
「……わかった」





白石の「邪魔」という言葉が胸に突き刺さりつつも、確かにこの一週間は勝負するのは控えた方が良いのかもしれないと思った。




「…つまらんなあ…」
「あ、謙也。悪いけどこれ小石川に渡してきてくれへん?俺今から保健室行かなあかんから」
「なんやねんこれ」
「部活関係のプリント。頼むで」
「これくらい自分で行けよな…」




白石からプリントを受け取り、しぶしぶ小石川の教室へ向かった。
…そういえば、小石川って桜井と同じクラスだったような…。

小石川のクラスにつくと、大概の奴らが昼飯に取り掛かろうとしているところだった。教室の扉から小石川の名前を呼ぶと、クラスの奴らの視線が一瞬こちらへ向いた




「なんや謙也」
「これ、白石から。部活のプリントやって」
「ああ、悪いな」
「………」
「どないしたん」
「…桜井おらへんな」
「ああ、あいつなら休み時間になるとすぐどっかいきよるで」
「え?」




そういえば、俺は桜井の姿をグラウンド以外で見かけたことが一度もなかった。まあタイミングもあるんだろうけど、前勝負を申し込みに教室を訪れた時も殆どアイツはいなかった




「なんでやねん。もしかして友達おらんクチか」
「いや、そういうわけやないけど…。桜井って明るいし話しやすいけど、どっか人と距離置いてるというか…踏み込ませへんというか…」
「なんやそれ」
「うーん、まあ、ちょっと難しい奴なのかもしれへんなあ」




なんだか意外な話を聞いてしまった。
桜井と接してて、そんなこと思ったことなかったけど…





「…ん?」




小石川のクラスから自分のクラスへ戻る途中、廊下の窓からちらっとグラウンドが見えた。誰かいる。まだ昼休み始まったばっかなのに、だれが…



「…って桜井やん」




その姿は確かに桜井で。もしかして昼休み削って練習してるのか。ストイックすぎるだろ…。俺は少し茶化しにいってやろと思い、足をグラウンドへ向けた。








グラウンドへ着くと、まさに200メートル走ってる真っ最中で。やっぱ速いなと感心しながらその様子を木陰から眺めた。



「…はあ、はあ」
「なんや昼休みまで練習か」
「…忍足…。なんやねん邪魔せんでよ」
「アホ、通りかかっただけや!…自分昼飯食うたん?」
「一応」
「ふーん。…ほんま部活狂やな」
「うるさいわ、どっかいけ」




そういうと桜井は一人もくもくとストレッチを始めた。




「…なあ、何そんなピリピリしとるん」
「………」
「そりゃあ不安なのはわかるけど」
「別にそんなんじゃないわ」
「素直やないなあ、少しくらい誰かに相談して、気紛らわせた方がええんちゃうの」
「そんなんいらんわ」





桜井は俺がうっとおしくなったらしく、また走りに行こうと立ち上がった。




「…強がり女」
「…」
「…かわいくないで」
「かわいくなくて結構」
「そないな気分で走って、失敗しても知らんで!」
「…それなら、人に不安や漏らしたとこで、タイムが伸びるんか」
「え…」




桜井のその言葉に、うまく返答できなくて、俺はそのまま黙ってしまった。桜井は再び走り始めて、俺は一人その場に取り残された。




「…な、なんやねん!桜井のアホ!どうなってもしらんからな!」





そんな捨て台詞のような言葉を叫びながら、俺は走って教室へと戻った。

(なんやあいつ、ほんまかわいくない、ほんまムカツク!)












「あれ…遅かったな謙也」
「…白石」
「うわっ、なんちゅう顔しとんの。」
「桜井と喧嘩した…」
「は?」



教室につくと、用を済ませた白石がもう戻ってきていて、弁当を持って俺を待っていたらしい。二人で机を囲んで弁当をつつきながら、今あったことをとりあえず白石に報告した。




「むかつくやろ?アイツきっと団体行動とかできひんで」
「まあ、そうかもしれへんけど…。なんで桜井に構いに行ったん」
「え…」
「あんな状態なんやし喧嘩になるに決まっとるやん。話しかけ無ければええのに」
「…それは…」




正論を言う白石に、また俺は言葉が出なくなった。確かに、構わなければよかったんだけど、なんでかグラウンドに足が向いてしまって…


「…お前、実は桜井のこと、めっちゃ心配しとるんやろ?」
「…は?」
「陸部の奴らが近寄らんくらいなのに、わざわざ近寄る奴おるか?」
「…ち、ちゃうわ、アホ、なんで俺があいつの心配なんか…」
「ほんま、優しいな。謙也は」
「せ、せやからちゃうわ!!しばくでどアホ!!」




白石が変なことをいいだしたので、奴に背中を向けて一人で弁当を口にかきこんだ。


俺が桜井を心配してる?なんでだ。そもそもする必要がない



「…意味わからんわ、アホ」




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