変化する気持ち
「え?今日花ちゃん部活お休みなん?」


放課後。部活へ向かおうと花ちゃんに声をかけようとしたら、いつもと違いせかせかと荷物をまとめていた。


「せやねん。今日親戚が家に来るんや」
「そうなんや…。花ちゃん、嬉しそうやね」
「当たり前やん!夕飯は外食やからな!うちの予想やと、ふぐあたりやねん」
「は、花ちゃん…」




親戚の人に会えるから嬉しいんじゃなくて、美味しいもの食べれるから嬉しいのか。まあ花ちゃんらしい。



「……あーあ…今日の部活で作るプチピザ、花ちゃんにあげよー思っとったのに…」
「え!ほんまに?いつもくれへんのに、なんで今日に限って…」
「今度はちゃんと花ちゃんにあげる」
「よっしゃ!約束やで!ほなうちいくわー!」



そう言うと花ちゃんは走って教室から出て行ってしまった。私も荷物をまとめて家庭科室へ向かった。仕方ない、今日は持って帰って自分で食べようかな。



あ、




「ざざざざざ財前くん、今から部活?」
「……ああ」
「あ、暑いけど、頑張ってな…」
「……」


財前くんと目があってしまった……。今日は朝のことで少し気まずさが残っていて、1日財前くんとまともに接することができなかった。若干目をそらしながら、無難なことを言うと、財前くんはじっと私を見つつ、無言で頷き部活へ行ってしまった。



「はあ…緊張した…」



財前くんは私にとって本当に不思議な存在だ。誰よりも尊敬できるし、誰よりも緊張するし、そして誰よりも怖い…。話していると自分のダメさをより痛感するから…。



「……あ、あかんあかん!」



こんなに暗くなっていてはダメだ。頭をふるふると横に振り、私は部活へ向かった。












「わあ…できた……」


いい匂いでいっぱいの家庭科室。今日の家庭部の献立はプチピザである。といってもピザパンみたいなやつではなくて、生地からちゃんとこねて作った本格的なものだ。オーブンがチンとなり、中身を取り出すと、こんがりいい色に焼けたプチピザがでてきた。




「今日の桜井さんのピザ、一番うまく焼けてるんちゃう?」
「ほんまやー!いい色〜」
「そ、そうですか?」



家庭部の先輩たちが、焼きあがったピザを囲って私が作ったピザを褒めてくれた。…確かにキレイには焼けたけど、家で自分で食べるとか、ちょっと悲しい…。


ピザをカバンに詰め込み、家庭科室を出るともう外は真っ暗で。なんとなくテニスコートも確認したが、そこも真っ暗になっていて誰もいないようだった。吹奏楽の音もしないし、本格的に誰もいなそうだったので早足で下駄箱へと向かった。


遅くなってしまったので、お母さんにメールで「今から帰るね」と打っていると、私の下駄箱のあたりに人影が見えた。真っ暗だから誰か全く見えない、なんかこわい…。

ああでもどうしよ、あそこ通らないと靴が出せないから帰れない…上履きで帰るわけにもいかないし…


下駄箱のそばでわたわたしていると、その人影は私に気付いたらしい。移動してくれるだろうかと思ったが、なぜかその人影はこちらへ向かってくる。え、え、なんでこっちに来るの!?やだ、怖い…!



「い、いややっこないで!」
「……何言うてんの」
「……え?その声…財前くん…?」




思わず叫んだ声に返事した声は、間違いなくあの財前くんの声で。影しか見えないけど、この人は財前くんだ。



「な、なにしとるんっ?めっちゃびっくりした…、また忘れ物でもしたん?」
「……ちゃうわ。…ここの玄関、8時で施錠されるんやで」
「えっそうなん?」
「はよせんと閉じ込められるで」
「そ、それはいやや…教えてくれてありがとう」
「別に…」
「え…財前くん、もしかして私にそれ言うために…」
「……。ちゃうわ!家庭科室の電気付いとるのたまたま見えただけや」
「ざい、」
「はよせえよ」



財前くんはつかつかと玄関口へ向かって行ってしまった。もしかして、もしかして…財前くん、本当に私のために待っててくれたのかな…だとしたらものすごく嬉しい…。ちょっと感動して、うるうるしてしまったが、財前くんが玄関口で待っていてくれてるみたいだったのでさっさと靴を履き替えた。



「……自分、家どこなん」
「……あ…すぐそこやねん。あのコンビニのあたりで…」
「え…ほんまに?俺もあのコンビニのすぐ近くやで」
「そ、そうなん?でも財前くんと小学校違うのに…」
「学区の境目のあたりなんちゃうの」
「ああ、そっか…」
「……ほんなら、途中まで帰るか」
「え……!」
「帰る方向同じやのに、ここまできて別で帰るのもおかしいやろ」
「た、確かに」



もう学校には誰もいないくらい人がいなくて、自然の流れで財前くんと一緒に帰ることになった。わあ…遅く残った甲斐があった。めちゃめちゃ嬉しい…。




「私、家から学校まで5分やねん」
「……俺は6分くらいや」
「めっちゃ家から近かったから選んだ学校やねん。もっとしっかり選べばよかったって何度も後悔して…」
「は…なんやその理由」
「あはは…あほやろ、ほんまにあほやねん」
「俺もやで」
「え、」



私たちは思わず顔を見合わせて、ぷっと吹き出してしまった。まさかそんな理由まで一緒だったとは……嬉しい通り越して面白くなってきて、しばらく財前くんと笑い合ってしまった。するとあっという間に例のコンビニが見えてきた。



「あ…もうついてもうた…」
「そら、学校から五分やからな」
「あはは、そうやね。…財前くん、今日はほんまにありがとうな。」
「ああ、それは別に…。それより…」
「……なに?」



今まで笑っていた財前くんの顔が急に真顔になったので少しだけ緊張が走った。な、なんやろ……




「今朝、なんか言いかけてたやろ」
「……え…」
「…あれから様子おかしかったやん。まあ、もともとおかしいけど」




最後の一言は聞かなかったことにして。…財前くん、私が気まずそうにしてるの、気づいてたんだ…。



「あの、その…」




もごもごしてる私をじっと見つめてくる財前くん。コンビニの前で2人立ち止まっていた時間はそんなに長くはなかったと思うけど、私にはものすごく長い時間に感じた。



「……別に、言いたくないんやったらええけど」
「あ……」
「そんな暗い顔するくらいやったら、言ってスッキリしたほうがええやろ」


財前くんの、言う通りだ。

言いたいことを気兼ねなく言うことは怖い。手料理を食べてだなんて…。嫌だと言われるかもしれないし、気持ち悪いと思われるかもしれないし、怖いと思われるかもしれない。

だけど、…嬉しいと思ってもらえるかもしれない。




いい加減私も、変わらなくちゃ






「こ、これ!あげる!」
「……へ…」
「部活で、作った、ぷちピザ…。財前くん、コンビニのパンめっちゃ食べとったから…もし迷惑じゃなかったら、私が部活で作ったもの、財前くんに食べて欲しい…!」
「……確か親にあげるとか…」
「あ……実はお母さん、めっちゃ太ったからもういらんて…」
「……へえ」
「あ!迷惑やったら言って!こ、怖いよな手料理食べて欲しいとか、ほんまごめんな、財前、くん……」



反応のない財前くんに、慌てふためいていたが、顔を上げて財前くんを見ると、初めて見る表情の財前くんがいた。

これは…喜んで…る?


「あの…財前くん?」
「…しゃーない、全部食ったるわ。」
「……!」
「こ、コンビニのパンやと金もかかるしちょうどええわ…って、なに泣いとんねん」
「……う、うう〜〜」
「あーもう、ほんまに世話のかかるやつやなあ、」



財前くんはまた制服の袖で私の顔をゴシゴシ拭いてくれた。もうこれも何度目だろう…。だけど今日の涙はいつもの涙とは違うんだ。嬉しくて流す涙だったらいいよね。なんて財前くんに言うと、「しゃーないな」なんて言って笑ってくれた。

…花ちゃんの言ってた通りだ。気持ちなんてすぐ変わるもの。




私、財前くんが、好きかもしれない。


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bkm
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