弱い自分
「ぎゃああああああ」


朝、ものすごい雄叫びで目が覚めた。時計を見るとまだ6時。いったい何事だろうと思い一階へ降りると、脱衣室でお母さんがプルプルと震えていた。


「なんやのお母さん…騒々しい…」
「た…体重が…体重が5キロも増えとるんや…」
「体重?」
「あんたが家庭部入った頃は、こんなに体重なかったはずや」



…それは、つまりわたしが家庭部で作ったお菓子やおかずを食べているうちに5キロ太ったということだろうか。



「そんな…うちのせいちゃうよ」
「そうや、あんたのせいやない、あんたの作った料理のせいや」
「……」
「もう持って帰ってこんといて」



美味しいから食べちゃう、というお母さん。そんなこと言われても…。今まで部活で作ったものの処理はお母さんがしてきてくれた。家に持って帰るなと言われると、あとは花ちゃんにあげるしか処分する方法が思いつかない。同じ部活の子のために作るのもいまいちパっとしない気もするが…。



どうしようかと悩みながら支度をして学校へ向かうと、ものすごく早く着いてしまった。当たり前だ。いつもより一時間も早く起きたのだから。まだ運動部が朝練をしているような時間だ



「あ…そうや!」



わたしは駆け足でテニスコートへ向かった。もしかしたら、財前くんが朝練してるかもしれない…!朝練してるところはまだ見たことがなかったのだ。テニスコートのそばの木陰からこっそり覗くと、思惑通り朝練をする財前くんの姿があった。財前くんの朝練姿を見れるだなんて…早起きもしてみるものだ




「……そういえば四天宝寺のテニス部、めっちゃ強いんやっけ…財前くん、すごいな…」


財前くん、テニスの経験があったのだろうか。確か一年生の頃からレギュラーに選ばれていたと聞いたことがある。財前くんて本当に非の打ち所がないな…



「財前くん、かっこええな…」
『なんやねん、俺に惚れとるんか?』
「そ、そんな…惚れてるんちゃうって…」
『照れなくてもええんやで』
「て…照れてなんか…」




ん?今、財前くんの声が…



え!?財前くん!?




「あ、ああああちゃうねん、ほんまにほんまにうち財前くんのことなんかこれっぽっちも…!」
「なんやねんお前、財前のこと覗き見しとったくせによく言うわ」
「あ…れ?財前くんじゃない…?」



今確かに財前くんの声が聞こえたのに…そこにいたのは変な被り物をした男の人。多分先輩だ…いったい何がどうなっているんだろう…びっくりしすぎて涙が出てきてしまった…


「ちょ、何で泣いとるん!?」
「ご、ごめんなさ、びっくりしてしまって」



緩すぎる涙腺を呪いつつ、涙を拭いていると、向こうからアフロ姿の変な人が走ってきた。今度はいったい何…?



「コラァ一氏!何女の子泣かしとんねん!」
「こ、小春ぅ、俺なんもしてへんで」
「ほな何でこの子は泣いとるん!?ほんまにサイテーやわぁ」
「ちゃうねん、小春ー!」




もう何が何だかわからず戸惑っていると、アフロの人がわたしの方を向いた。こ、こわい…ああもう、早起きなんてするんじゃなかった…


「安心しい、一氏の特技はモノマネやねん。さっきの声もコイツがふざけて光の声真似ただけやからね!」



も…モノマネ…?さっきの声、財前くんまんまだったのに…さすがは四天宝寺だ。


「んもう、泣き止まんと目腫れてまうでぇ」
「す、すみません、ほんまにびっくりしてもうて…」
「ところで、光のこと覗き見して、もしかして惚れてるんちゃうの〜?」
「えっ、ちゃう!あっ、覗いてたのは間違いないねんけど…ほんまに財前くんのことは、その、その…」






「先輩ら何しとるんですか」






またもや半泣きであたふたしていると、さっきまでコートにいた財前くんが立っていた。い、いつのまに…!



「ざざざざざ財前くんっ!?」
「ざ多いねんアホ」
「ご、こめんなさい」
「しかもまた泣いとるし…年がら年中泣いとるんか」



ああ、また財前くんの呆れた顔…本当にこの緩い涙腺なんとかしなくちゃ…




「先輩らも、コイツすぐ泣きますんで、変なことせんほうがええですよ」
「ちょっと光ー!この子なんやの?彼女なん?」
「財前のくせに生意気やで!」
「別にちゃいますけど…」



財前くんははあ、とため息をつくと、面倒くさそうに先輩2人を追い払った。


「せ、先輩たちユニークな人やね…」
「アホばっかや。それよりこんな場所で何しとんねん」
「えっ!?あ、あの、ちょっと朝早く起きちゃって、えっと、学校きたら、その…」
「なんやねん聞こえへんわ」
「な、なんもないねん、ただちょっと、散歩してただけで…」
「……テニスコートの裏を?」
「うっ、えっと…」
「……ぷっ、おもろい顔」
「へ……?」



ざ、財前くん……またからかわれてしまった…!



「お、おもろい顔って…ひどい…」
「せやから泣くなって。…桜井も教室行くんやろ。はよいこうや」
「あ、うん…」


そういえば財前くんもう制服だ…。時計を見るともう8時を指していた。今日は財前くんの朝を見ることができて、とても満足できた朝だった。テニス部の先輩たちには驚いたけど…



「……財前くん、それ朝ごはん?」




廊下を二人でゆっくり歩いていると、財前くんはカバンから取り出したパンをもぐもぐと食べ始めた。



「ああ。朝時間無いねん」
「そ、そうだよね」
「そもそも朝起きるの苦手やねん」



確かに、財前くんって朝とか弱そうだ…。すると財前くんのカバンから他にもいくつかパンが押し込まれているのが見えた。あれは…お昼ご飯?



「……何みとんねん」
「へっ!?あ、ご、ごめんなさい!」
「変な奴」
「……あ、そのパン、お昼ご飯なん?」
「…これは部活後用のパン。部活すると腹減るねん」



おやつみたいなものなんだ。あれだけ動いてればお腹も減るよね…。食べ盛り育ち盛りだし…。でもコンビニのパンかあ…栄養偏りそう…




「……あ!そうや!」
「…なんやのさっきから」
「財前くん、あの……、」




その時私は、頭の中で今朝のお母さんの件をふと思い出した。コンビニのパンを食べるんだったら、私が部活で作ったものを引き取ってくれないかと提案しようとした。が、その言葉は口から出てくることはなかった。


よく考えると…私の料理が財前くんの口に合うかわからないし…クラスメイトから手料理をもらうなんて、怖いような気がした。



「……何?」
「あ、…ううん、なんでもないねん、」
「ほんまにおかしな奴やな」
「ご、ごめん…」
「別に謝らんでもええけど」



財前くんは教室に入る時に私の背中をバシンと叩いて、「しっかりしとき」と言った。私はどこまで弱虫なんだろう。自分の言いたいこともはっきり言えない…。結局私は何も変わっていないのだ。そう思うとますます財前くんとの差を感じてしまった。


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