縮まる距離

新学期が始まり、財前君に自分から声をかけることもなく、そして財前君から声をかけられることもなく、あっという間に5月になった。あの4月の最初以来、財前君と目が合うことは一度もなかった。やっぱり財前君は私のこと忘れてるんだなあ…。と何度も思い知らされ胸が痛かった。



「財前、おはよ!」
「ぅ、ぁ、ぉは…ょぅ」
「…おー」




しかし、財前君と一言も声を交わしたことがないわけではなかった。私には花ちゃんがいる。花ちゃんは明るい性格で友好的だから、クラスのほぼ全員と話ができるのだ。だから花ちゃんは財前君とすれ違うと、あいさつをする。私はそのおこぼれをもらうかのように、消え入るような声で財前君にあいさつをするのだ。

財前君からは、「おー」とか「んー」とか、あいさつなのか?と思うような返事しか返ってこないが、私はそれだけで満足感を得ていた。




「…私、花ちゃんがおってよかったよ…」
「なんやの急に」
「ふふっ、何でもない」
「アンタ新学期入ってから変やで。…あ!その袋今日部活で作ったクッキー?」
「うん。花ちゃんも作ったやろ?」
「せやからうちは試食専門やって。ええなーほしいなーそれ」
「ダメ。お母さんにあげるって約束しとんねん」
「えぇ〜。ケチやなあ」




花ちゃんはお世辞にもお料理やお裁縫が似合う子ではない。家庭部に入ったのも、お菓子が試食できると思ったかららしい。私は家庭部に入ってから花ちゃんがエプロンを付けてる姿すら見たことがなかった。





「ほなそろそろ帰ろか」
「うん…あ、お弁当箱教室に置いてきてもうた…」
「…優奈、アンタほんまにどんくさいな」
「うぅ…私取ってくる」
「下駄箱んとこにおるでー」





ほんとに私はどこまでダメダメなんだろう。自分に嫌気を感じながら教室へ向かった。それから数分後、私は一人で教室へ向かったことにひどく後悔した。時計を見るともう7時を回っており、学校中真っ暗で誰もいなくて。どこからか吹奏楽の音が聞こえるのが唯一の救いと言っていいほど、暗くて静かで怖かった。




「うぁ…めっちゃ暗いやん…。ああでも弁当箱はよ取りにいかな…花ちゃん待たせとるし…」





中々暗闇へ一歩が踏み出せずにうろうろしていると、トントンと何かが私の肩を叩いた。







「ひぃあぁぁぁぁッ」
「…ぉわ、なんやねん急に」
「ごめんなさいッごめんなさいッ…あれ?」




自分史上一番の恐怖に、おかしな声を出しながら、自分でも何に謝っているのか分からないままペコペコしていると。聞いたことのある声がした。





「…ざ、財前くん…?」




なんとそこにはあの財前君の姿が。いつもだったら財前君と話せた…!と感動しているところだったけど、今は「人に会えた」という安心感でいっぱいだった。



「めっちゃびびっとるやん…」
「…だ、だって…」
「何しとるん、こんな遅くに一人で」
「教室に忘れ物してんねんけど、暗くて足が動かなくて…」




ああ、安心して、気が抜けた。涙が出てきてしまった。





「って、何泣いとるん」
「ごめ…なんかほっとして…」
「…めんどくさい奴」




財前君はものすごく呆れた顔でスタスタと教室の方へ向かって行った。め、めんどくさい奴って言われちゃった…。財前君に言われると本当に傷つく…。





「桜井」
「…え?」
「何突っ立っとんの。自教室行くんとちゃうの」
「…え、え、…ハイ」
「はよせえよ」





そういえばなんで財前君、ここにいるんだろう…?忘れものでもしたのだろうか…?なにはともあれ、財前君が一緒に教室まで行ってくれるんだ、少し安心…





「財前君も、忘れ物?」
「ああ。宿題の紙忘れた」
「私も弁当箱忘れてん」
「アホやな」



財前君だって忘れ物してるくせに…と心の中で思ったが口には出さなかった。それから教室につき、私たちは無事忘れ物を回収して、玄関へと向かった。今日はあの財前君と会話しているというのに、不思議と緊張しなかった。きっと暗闇で、彼の顔が見えてないからだなと思った。




「なあ、さっきから荷物バシバシ当たっとるんやけど」
「あ…!ごめん、ごめんな」
「何やのそれ」
「あ…これは、部活で作ったクッキー。うち家庭部やねん」
「…へえ」
「財前君は、テニス部やろ?毎日大変やね」
「別に」











「ええ部活、見つかったんやな」








え…



財前君のその一言に思わず彼の方を振り向いたが、真っ暗でどんな顔してるのか全く見えなかった。




「え…財前君…もしかして私のこと覚えとるん?」
「あたりまえやん。あの時の泣き虫やろ。初対面の奴にあれほど迷惑かけられたの初めてやったし、忘れるわけないやん」
「ご、ごめんなさい…」





うそ…財前君…私のこと覚えてたんだ…どうしよう…うれしくて涙が出てきた…






「…なあ、もしかしてまた泣いとる?」
「うぅ…グスっ、」
「はあ、ほんまに相変わらずやな」
「…だって…財前君、私のことなんてもう忘れてるかと…。4月に同じクラスになったとき、何も言うてこんかったし…」
「そんなん、自分もやん」
「…え?」
「…桜井も、俺のこと知らんふりしとったやろ」





お互いさまや、と財前君がつぶやいた。…もしかして、財前君も私のこと気にしてたのだろうか…





「財前く…」
「優奈ー!遅いでー!
「あ、花ちゃん…」



しまった、花ちゃんのことすっかり忘れてた…




「あれ、財前やん。なにしとんの」
「忘れ物取りに来た」
「ほー。優奈、はよ帰ろ。もうおなかペコペコや」
「うん。ごめんね」
「もう真っ暗やなー。あ、財前一緒に帰ったろか?」
「あほ、いらんわ。俺部室行くし」



ひやかすような花ちゃんを横目に財前君は部室へと向かって行った。あ、お礼言わなきゃ…ああ、どうしよう、引き留めようか、でももう財前君歩き始めてるし…。…あかん、色々考えとったらあかん!




「…財前君!今日はありがとう!」




思い切って叫んだ後に、自分てこんなに大きな声がでるんだと思った。花ちゃんも財前君もびっくりしていた。財前君は驚いた顔をした後に、少しだけ笑って「またな」とつぶやいた。




一年間、開ききってしまった財前君との距離が、少しだけ縮まった気がした。


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