弱虫の勲章
財前くんのお義姉さんとお母さんの会話を盗み聞きして、財前くんが他の人と花火を見に行ってしまったと知った。
しばらくその場で茫然としていると、財前くんのお義姉さんが買い物から帰ってきて、はっと我に返った。



「…帰らな、…」


うまく足が動かない。こんなとこにいても仕方ないのに…。



ぽた、



「…うぅ…、…ぐすっ、」





またぼろぼろ涙が溢れ始めて、道行く人が怪しげな目を私に向けていた。

電柱の後ろで泣くのは、さすがにあやしいから、とりあえず財前くんちの門の方へ寄った。




「……財前くん…」


門の隅の方に寄りかかり、ずるずるとしゃがみこむと、目から溢れた涙で浴衣がどんどん濡れていった。


ぱんぱん
打ちあがる花火の音が聞こえる。
音を聞くだけで虚しくなってますます涙が流れた。ほんと私、何してるんだか…





「…桜井…?」



花火の音に混じって聞こえた声に、パッと顔を上げた。そこには少し乱れた浴衣を着た、財前くんがいた




「ざ…財前くん…なんでここに…」
「え…いや、お前こそ、なんでおんねん」



なんで…財前くん、高野さんと花火見に行ったんじゃないの…?頭が混乱して落ち着こうと深呼吸すると、「ぷっ」と財前くんが吹き出す音がした




「…?」
「お前、なんやその顔、」
「顔…?」


そう言われてはっとした。そういえば号泣してる最中だった…!目は真っ赤でびしょびしょだし、オマケに鼻水まで出ていた




「あ、これは…っ、見んといて…!」
「もう遅いで」
「ええから、…ほんまに、見んといて…」



恥ずかしさが加わり、また涙と鼻水がで始めたので、思い切り膝に顔を突っ伏した。
すると、じゃり、と財前くんの足音がし、私の前にしゃがみこむ気配がした。




「…すまん」





ぽつりと、聞こえるか聞こえないかくらいの声で財前くんが呟いた。思わず顔を上げると、財前くんは今まで見たことないくらい、弱々しい顔をしてて、私は言葉が出なくなってしまった



「…今日はほんまにすまん」
「……財前くん、」
「…俺、「待って!」



『ほんとは今日高野さんと約束してた』

そう続きそうだったから、思わず財前くんの口を手で塞いだ。




「…私…財前くんにも、…高野、さんにも、迷惑かけたくないねん…。でも、…ちゃんと…、気持ちを伝えたくて…っ、私…私な、その、…あの、……。私…



財前くんのこと、好き…!」





言った。

よくやった自分と褒め称えたい気持ちと、これでもう全部終わりだという絶望的な気持ちでいっぱいでたまらなくなった。




「…ほんまに迷惑はかけたくないから、忘れてもろてええねん…っ、でも、お願いやから、せめて、友達でおっても、ええかなあ…っ、」



最後の方は泣きじゃくりながらになってしまい、ちゃんと伝わったか心配になるほどだった。もう頭も顔もぐちゃぐちゃで、全部どうにでもなれ!という気分だ




「…はあ」




え…ため、いき…?





「ほんまにアホや…、お前も、…俺も、」



顔を上げると今度は財前くんが顔を伏せていて。財前くんもアホって、…どういうこと…



「財前、くん…?」
「…俺ら、嵌められただけやで」
「はめ…られた…?」
「別に俺は高野と花火行く約束もしてないし、今だってお前の家行ってただけや」
「…へ…?」
「それに、お前だって…。他の男と花火見に行ってなんてないんやろ?」
「…は、?他の男…?…?」
「やっぱりや」


…なんだかよくわからないけど、高野さんの話は全部、ウソ…?



「そ、そんな…」
「アホみたいやな、俺ら」
「ひどい…。私、一体なんのために…」
「…ほんまやで。浴衣はヨレヨレやし、頭ボサボサやし、おまけに顔ぐしゃぐしゃやし、鼻水垂れとるし、わめきながら告白するし」
「…あ、ああああんまり言わんといて…っ、」
「…待ちぼうけにさせて、悪かった」
「…財前、くん…?」


財前くんが優しく私の頬を撫でたから、少しびくっとしてしまった。



「2年になって、桜井と話すようになったら、お前の弱虫俺にも移ったわ」
「…へ?」
「…大抵のことはすんなりできるはずやのに、お前のことになると、どうもうまくやれへんねん。今日だって先にお前に告白される予定やなかったのに…」
「……財前くん」
「…なんやねん、…って、ちょ…お前その顔」


ぶっ、とまた財前くんが噴き出した。それもそのはず、顔がインフルエンザになったとき以上に熱い。きっと茹でダコ状態だろう。でも、今はそんなの気にならないくらい、



「財前くん…っ、私、まだ財前くんの友達で、いてもええのかな…っ」
「……アホ、どんだけ話聞いてないねん。桜井は友達ちゃうやろ」
「え…」


「…もう離さへんから」





一瞬、財前くんの顔が近づいて、唇にちゅっと温かいものが触れた。ゆっくり離れた財前くんはなんだかとても可愛い顔をしてて。





この嬉しさも、この愛おしさも、今まで味わったことのないこの気持ち全部が、弱虫の勲章だ



弱虫の勲章


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