わたしの家から財前くんの家は徒歩5分。普段ならすぐ行ける距離だけど、今日は道路に夜店は出てるし、人も大勢いて、通行止めになってる道もあった。
勢いで家を飛び出したけど、靴を履き替えるんだったと後悔した。
カランコロン
下駄で走るなんて、最初からやめておけばよかった。さっそく足が痛くなり始めている。
「はあ、はあ、…財前くんち、こんなに遠かったっけ…」
人と夜店だけでこんなにも違うだなんて。せっかくセットしてもらった髪も台無しで、汗もかいて、はたから見たら何をしてるんだと言われそうだった。
「…はあ、はあ」
一瞬立ち止まって考えた。
何となく財前くんの家に向かってたけど…。財前くん、いるのかな…。もしかして本当に高野さんと…
「…はっ、あかんあかん、」
余計なこと考えたらだめだ、顔をふって再び足をうごかした。
ようやくたどり着いた財前くんの家は、窓から明かりが漏れていて、誰かがいるのはわかる。
「財前くん…おるやろか…」
いなかったらショックだけど、いたらいたでそれもまた…中々インターホンを押す勇気が出ず、玄関ドアの前で悩んでいると、家の中の人が玄関へ近づいて来る音がして、思わず近くの電柱の後ろに隠れてしまった。
「何しとるんや私…」
隠れながら財前くんの家の様子を伺っていると、玄関ドアが空いて、若い女の人が出てきた。
「ほな買い物行ってきますね」
「ありがとね!そういえば光夕飯どないする言うてた?」
「私は聞いてませんけど…多分お祭りで食べてくるんじゃないですか?」
…多分、財前くんのお母さんと、例のお兄さんのお嫁さんだ…。
財前くん…お家にいないんだ…
「…そっか…」
財前くん…やっぱり本当に高野さんと花火見に行っちゃったんだ…。
また涙が溢れて、足元にポタポタと静かに落ちた。
「…帰ろ…」
*
家の前でどうしようか色々悩んでいたら花火の音がし始めた。もう開始時間を回っている。
「…あーもう、最悪や…」
何がどうしてこうなったのか。本当だったら今頃桜井と花火眺めてたはずなのに。
「財前くん!」
その声に思わず頭をあげると、高野が家の前に立っていた。
「なんやねん」
「花火見にいこう!」
「せやからアンタとは行かへんて」
「ええやんか、ここまできたら!早よ行かんと終わってまうし」
「アホ、触んな」
手を引かれたので強く振り払うと、高野は不満そうな顔を向けた。
…こいつに構ってる時間はないし、第一こいつの話が本当なのかまったく信憑性がない。俺はいつもの冷静さを取り戻し、桜井の家に向かおうとした。
「ちょ…財前くん、どこいくん」
「どこでもええやろ」
「せやから桜井さんなら…」
「アンタ信用ならんねん。」
「えっ、」
「あいつ…すぐ泣くから、はよ行ってやらへんと」
そのまま高野を放置して、桜井の家に全速力で向かった。が、お祭りのせいで人は多いし通行止めだし、なんていっても下駄だし、普段の倍くらいの時間をかけて桜井の家にたどり着いた。
「…はあ、はあ、…くそ、靴履き替えればよかった」
足がジンジンしつつも構ってられず、桜井の家のインターホンを鳴らす。
ガチャ
「はい…。あら?」
「あ…どうも…」
「えーっと、…優奈のお友達?」
「はい…えっと…、クラスで花火見に行くことになってるんですけど、桜井さん、おりますか」
「あら変ね、優奈なら随分前に出かけたはずやけど…」
「え…」
…もしかして、本当に他の誰かと…?
桜井の親にお礼を言って、俺はカランコロンと下駄を鳴らしながらゆっくり自分の家へ向かった。
「…あほらし」
自分の姿を客観的に見て、なんだかばかばかしくなってきた。
「(…もうええわ、家帰って、ネットしながら音楽聞いて、もう寝よ…)」
全部どうでもよくなってきたので、いつも通り夜の過ごし方を考えながら歩いた。家に帰ったら、兄嫁に色々言われるんだろうなとため息が出た。
「…?」
家が見えてくると、門のところに誰かいるのに気がついた。もしかして高野のやつまだいたのかと、嫌気がさすような気分で蒸ししながら門に手をかけた。
そいつはしゃがみながら顔も伏せて、一瞬誰かわからなかったけど、よく見たら高野じゃないことに気づいた。
「…桜井…?」