そわそわ、そわそわ。
らしくもなく緊張していた。「今日言わなきゃいけない」というプレッシャーが俺にのしかかっていた。
「あかん、なにしとんねん自分」
ぺし、と自分で自分の頭を叩き、冷静さを取り戻そうとした。するとひょこっと顔を出したのは兄貴の嫁だった。
「…覗きとか趣味悪いわ」
「もー光くん、そわそわしちゃって。例の子と花火観に行くんやろ?」
「……」
「は〜ええなあ〜青春やなあ。うらやまし〜」
「…おばはん」
小声でそういうと、ガンッと拳骨で殴れた。この女といい朝倉といい、本気で苦手なタイプだ。
「で、あんたその格好で行くん?」
「は?そうやけど」
「あほやなあ、ほら、ちょっとおいで」
「…な、ちょ、」
無理やり別の部屋へと押し込まれ、何をされるかと思えば浴衣だった。確か兄貴が昔着てたやつだ。兄嫁はささっと慣れた手つきで俺に浴衣を着せて行った。
「よし、うん。やっぱ光くんは浴衣とか似合うな」
「…はあ、」
「これで相手の子もイチコロやで?私もな〜あんたの兄貴の浴衣姿には見惚れたもんやったで〜」
「昔話やめろやおばはん」
また拳骨で殴られた。最悪だと思っていたらピンポンとチャイムがなり、「宅配屋さんかな」と兄嫁が出に行った。
時計は四時。あと三十分だ。これで桜井が浴衣じゃなかったら、俺だけ本気みたいでやだなとか思った。
「光くーん」
ニヤニヤした兄嫁が戻ってきて、俺を呼んだ。
「なんやねん気色悪いわ」
「アホ!あんたにお客さんやで」
「は?」
「例の女の子やろ?なんやあたしのイメージとは違ったけど…。結構気の強そうな子やなあ」
兄嫁の言ってることがよくわからなかった。桜井が気が強い?どこをどう見たらそうなるんだ。ていうかあいつ、迎えに行くって言ったのに。なにしてるんだ。
「おい桜井、なにして…」
「財前くん!」
そこにいたのは桜井ではなく、
高野だった
「…なんでおんの?」
「もー財前くん冷たい」
「用ないなら帰って。今忙しいし」
「いい情報。桜井さん、さっき男の子と歩いてたよ」
「は…」
「かわいく浴衣なんて着て、びっくりしちゃった」
「……え、」
高野の話が全然理解できなかった。かわいく浴衣で…?俺は4時半に行くって言ったはずだ。そもそも桜井が男と歩いてるって時点でピンとこない。あいつに男友達なんていないはずだ。…多分。
「財前くん浴衣似合う!ね、今日は私と見に行こ?」
「…せやから、あんたとは行かへんて言うてたやろ」
「じゃあ誰と行くの。桜井さんはもう行っちゃったよ」
「……」
「あとで迎えに来るから、待っててね!」
そう言うと高野は小走りでどこかへ向かっていった。
全然理解できない。一体なにがどうなってる。
桜井に男友達なんていないはずだけど、そうだとは言い切れない。
あいつのこと、全部知ってるわけじゃないから。
「…最っ悪や」
どうしたらいいのかわからなくて、ただ俺は家の前に立ち尽くした。