今日は財前くんと花火大会。
緊張感して眠れなかった。
「眠いけど、幸せや…」
「ほんま、よかったなあ、優奈」
「うん!」
花ちゃんの今日の用事は、例の花火大会にいくことだったらしい。陸上部の子たちに誘われたらしく、「優奈って祭りとか行かなそうやったから、誘うのやめた」と言われた。確かにそうなんだけど、花ちゃんに誘われなかったから財前くんと行けるんだけど、ちょっとヘコむよ…
「今日はデートなんやし、ちゃんとおめかしするんやでえ」
「おめかし…?」
「当たり前や!男と祭り言うたら、アレやろあれ」
「どれ?」
「ったく、浴衣や!ゆ、か、た!」
「浴衣…」
ゆ…浴衣…!いつも雑誌なんかの特集で眺めるだけの存在だったものだ。そうか…こういう時に着る物なのか!
「そうやな花ちゃん…!浴衣やな…!」
「うんうん!」
「浴衣って、どこに売っとるん?」
「ちょ…そこからかい」
花ちゃんからびしっと突っ込みが入った。着たことがないんだから、持ってるはずがない。
すると花ちゃんが、カバンの中から紙袋を取り出し、私の机に置いた。
「優奈、これあげるわ」
「なに…?…え、これ、浴衣…?」
「うちのおさがりやけどな。まだ全然着れるで」
「え…ほんまにええの?!」
「ありがたくもらっとき」
「花ちゃん…ありがとう…大好きや…」
なんだか涙が出てきて、握っていた浴衣で涙を拭おうとしてしまった。言うまでもなく花ちゃんから「アホー!」と頭を叩かれた。
「…花ちゃん…」
「なんやー?」
「私今日…がんばる…!」
「ええ顔やな!頑張ってきや」
花ちゃんからのエールももらい、私はさっそくお母さんに「今日浴衣着せて」とメールを送っておいた。こんなことなら髪飾りとか、全部準備しておくんだった。
「桜井さん」
思いっきり浮かれていると、何日かぶりに高野さんに声をかけられてしまった。
「あ…高野さん」
「桜井さんも今日、花火見に行くん?」
「は…はい、」
「ふーん。…私の邪魔、せんといてね」
「…?え…」
それだけいうと高野さんは教室を出て行った。なんだかあの人、本当に怖い…。私、大丈夫、だよね…?
・
・
『4時半ごろ家に行くわ』
そうメールが来たのは、学校が終わり家に着いた三時過ぎだった。
家に帰るとお母さんが浴衣を着せる準備をしてくれていて、髪飾りも揃っていた。
「お母さん…!これどないしたん!?」
「全部お母さんのやで!あんたが浴衣着るって聞いて、押入れから引っ張り出してきたんや」
「そうなんや…」
「もうお母さん感動やわ、あんたが花火見に行くなんて」
「そんな…泣かんといてよ…」
嬉しいけど、虚しくなってきた…。花火大会ごときで母を泣かせる私って一体…。それからお母さんは張り切って私に浴衣を着せてくれた。
浴衣って結構苦しいんだなーとか、足元スカスカするなーとか、色々思ったが、頭の中は財前くんほぼ一色だった。
すこしでも、可愛いと思ってもらいたい。
そんな気持ちでいっぱいだ
「はい!できたでー」
ぽん、とお母さんが私の背中を叩いた。鏡を覗き込むと、いつもと違う自分がいて…。
「す、すすすすごい!すごいお母さん!」
「あんたも可愛くしたらかわええんやで」
「わー…」
って、自分に見惚れてる場合じゃない。時計の針を見たら、もうすぐ4時半になるところだった。私はお母さんにお礼を言い、巾着にお財布やらハンカチやらをいれて準備をした。
「多分マメになると思うから、絆創膏持ってき」
玄関で手渡されたのは、絆創膏。こんな下駄を履くのも七五三以来だ。ちゃんと歩けるかな…。
ワクワクしながら、そしてちょっとドキドキしながら、家の外に出ると、そこには…
財前くんではなくて、
高野さんがいた
「……え?」
「せやから言うたやん、邪魔せんといてって」
「……え、」
「財前くんと花火見に行くのは、あたしやから」
「……え、でも…私、確かに財前くんと…」
「お礼で、なんやろ?無理して言ってくれたに決まっとるやん。ほんまは、私の方が先に約束してたんやで?」
「………え…え…?」
「悪いけど、邪魔、せんといてね」
なにが、どうなってるんだ
確かに財前くんと、約束したはずなのに
『これがお礼になるなら…』
「あ…」
私…うかれてて、全然気がつかなかった…。財前くん、無理して言ってくれてたのか…
時計の針が4時半を指してる。財前くんは、来なかった。
「何しとるんやろ、私…」
静かに大粒の涙が流れた。
その場に立ち尽くすしかなくて、しばらくするとパンパンと、花火の音が鳴り響き始めた。