憂鬱な、春


――中学1年 春


私桜井優奈は、小学校卒業後、家から一番近くにあった四天宝寺中学校へと入学した。しかし、「家から近いから」という適当な理由でこの学校を選んでしまったことを、私はひどく後悔した。まさかこの学校がこれほどお笑いに特化した学校だったなんて、夢にも思わなかったのだ。

元々私は泣き虫で弱虫で、オドオドウジウジタイプの子供だった。このお笑い学校との出会いが、私を変えてくれる…なんてことはなく、ただただ自分はこの学校と最も縁のない人間だったんだなあと思い知らされる毎日だった。

そして入学式が終わり、思った通りクラスになじめず。友達一人できないまま、学校中は一気に部活勧誘モードになっていった。




「女子バスケ部部員募集中でーす!一緒に笑いのシュート決めましょー!」
「吹奏楽です!新喜劇のテーマ、聴いてください〜!」



友達がいないので、一人寂しく部活見学に出たはいいものの。この学校には普通の部活は存在しないのであろうか…



「…はあ、入りたいもん、ない…」



やりたいこともなければ、入りたいと思える部活もない。周りの子はどんどん体験入部へ行き、すでに入部を決めた子もいた。

…私なんて部活を決める以前に、未だこの学校を受け入れることもできていない。この学校には部活にまでお笑い精神が根付いているようだ。



ちなみに入学式では、校長先生のギャクに私一人だけ笑い遅れてしまい、ものすごく恥ずかしい思いをした。自分はどうやら笑いのツボや、タイミングを全く理解していないようだ。…いや、もしかしたら一生理解できないかもしれない…。




「…はあ…「部活どないしよ…」」





ん?今、誰かと声が重なったような…。座っていたベンチのとなりをふと見ると、黒髪の不愛想そうな男の子が座っていた。いつのまにいたんだろう、全然気がつかなかった…。すると、彼も私と声が被ったことに気がついたらしく、こちらへ目を向けてきた。




「…アンタも部活悩んでんの」
「へっ、あ、そ、そうなんです」
「…偶然やな。俺もや」
「え、あ、迷いますよね。これだけたくさんあると…」
「…ていうか、やりたいことないねん」
「あ…私も」



変なところで気が合ってしまった。自分と同じ気持ちの人がいたことに嬉しさを感じ、思わずふふっと笑うと、彼もほんのりと笑ってくれた。




「なあ!自分1年生やろ?」




声をかけられ、ふと顔を上げると、そこにはこんがり小麦色に焼けた、女子生徒…おそらく先輩だろう人が立っていた。




「あ、そうです…」
「もう部活決めたー?」
「ま、まだ…」
「なあ、陸上部とか興味あらへん?うちの部はええで〜。スタート前にネタを一発かますのが伝統なんや。運動もできるしお笑いも学べる!よかったら体験入部せえへん?」





ね…ネタ…?私には絶対無理だ…。というか、陸上部という時点で無理だ。走るなんて運動神経の切れている私には厳しい。断りたいけど…なんか断るの怖い…うう、どないしよ





「あの、えっと」
「せや!とりあえず運動場見にこおへん?」
「え?あの」
「ささ!はよいこ!」




その先輩はぐいっと私の腕をつかみ、強制的に運動場へ連れていこうとした。ああっ断らなければ…なのに言葉が出てこない、このままじゃ陸上部に入れられてしまう…!


パシッ




「…強引すぎるやろ。コイツ、うんともすんとも言ってへんで」
「え…あー、この子お友達?」
「え、あ、えっと…」
「そんなんどうでもええやろ」



私を引っ張っていこうとする先輩の手をつかみ、止めてくれたのは先ほどの彼だった。彼は私をじっと見つめてくる。そうだ、この子、私を助けてくれてるんだ…ちゃんと断らなきゃ…!




「…その、すみません…私ほかに入りたい部があるので…」
「え、そうなん?なんやねん、はよ言ってや」





そういうとその先輩はほかの部員探しに出かけて行った。よ、よかった…私が陸上部に入ったら、それこそネタだ…。急にホッとして気が抜けたらしく、気が付いたらボロボロと目から涙が流れていた。





「…は、何泣いとんねん」
「う…ごめ、なんかほっとして…」
「…はあ。自分、もう少しはっきりせんと、おかしな部いれらてまうで」
「……ごめん…グス、」
「あほ、これくらいで泣くな」




すると彼はまだ少しぶかぶかの学ランの裾で、私の顔をゴシゴシと拭った。私なにしてるんだろ…初対面の人に迷惑かけて…





「…なあ」
「は、はい」
「ここの学校、変やとおもわへん?」
「え?」
「なんでもかんでもボケとかツッコミとか、そういう方向もってくやん」
「あ…うん、そうやね」
「…こんな学校やなんて思ってへんかった」
「わ、私も。私もそうだよ」
「せやろな。自分みたいなやつ、この学校のどこ探してもおらんわ」
「うっ…」



地味に傷つくことを言う彼。たしかにこの学校は明るい人が多いし、皆お笑い大好きだ。私のような弱虫で泣き虫でオドオドしてて、お笑いに無知なやつはいない。すると彼はまた私をじっと見つめてきた



「…な、なに?」
「自分、暇なん?」
「え…暇って言うか…部活探さなあかんかな」
「ほな、軽く回ってみいひん?」
「わ、私…と?」
「ええやん、似た者同士。それにアンタが変な部に強制入部させられへんか心配になってきたわ」
「……うん、いく!」




とにかく私は彼のこの言葉がうれしかった。だって、初めて声をかけてくれた人だし、何よりも私と境遇が似てる貴重な人だ。それから私は彼と二人で校内をぐるっとし、たまに私が勧誘中の先輩に連れていかれそうになると、彼が助けてくれた。いろいろ話はしたけれど、私は肝心の自己紹介をするのを忘れていたことを、彼と別れてから思い出した。



これが私と財前君の、出会いだった。



prev next

bkm
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -