合宿へ行くバスの中<財前視点>
「バス出発するでー。皆はよ座りやー」
合宿へ行くバスの中。部長が前で注意事項やら合宿のことやら色々話してるけど、聞こえてくることがすべて右から左で何も頭に入ってこなかった。
ぼんやりと窓から外を眺めながら、桜井のことを考えていた。
夏休みといえば、大体一か月。相当仲の良い奴じゃないと、一度も会わないで新学期を迎えるのが大半だ。俺と桜井の距離は微妙である。ものすごく仲の良い友達なわけでもない。かといって付き合ってるわけでもない。とりあえず連絡先くらい交換しておかないと、夏休みに一度も会わずに新学期を迎えてしまう可能性は大だ。
きっとあいつのことだから、向こうから連絡先を聞いてくるなんてまずないだろうと思った。そうなると俺が動かなくてはいけない。それは俺にとっても難題だった。今まで自分から人に連絡先を教えたことが無かったから。
とりあえずラインのIDを紙きれに書いてみたが結局渡せないまま合宿へいくところだった。
「(あいつも、同じこと考えてたんやろな)」
運動なんて滅多にしないくせに、走って息切れしてるあいつの姿を思い出すとちょっと笑えた。
「(ほんまにいつもあいつと同じや)」
『財前ーーーー!』
せっかくいい気分だったのに、ぶち壊したのはいつものアホな先輩らだった。
「お前!なんやねんさっきのは!やっぱりあの子と付き合っとるんやろ!」
「謙也先輩、座っとらんと、転びますよ」
「アホ!この俺が転ぶわけ…っおわ!」
「…アホや」
バスの揺れで謙也さんが通路でずっこけた。すると俺の前に座っていたいつものうるさい二人組が座席の上から顔をだした。
「なあ光、うち思い出したで。あの子、ずっと練習見に来てた女の子やろ」
「………」
「アホ。タコ。スケベ。この色男」
「…めんどくさ…」
この3人は特に俺のことをいじってくるのでとてもめんどくさい。
「何々、財前彼女できたん?」
おまけに変態部長まで混ざってきた。本当にめんどうくさい。
「せやで蔵りん、さっきの女の子。光ったら自分から連絡先渡しちゃって…」
「…うるさいっす」
「へえー。財前が自分から…。俺らなんて無理やり教えてもらったのに」
「ほんま隅に置けない奴や」
いよいよ先輩らがうるさくなってきたので途中から話を聞くのをやめた。すると携帯が鳴ったので見てみると、さっそく桜井からのラインだった。
『今日は連絡先おしえてくれてありがとう。合宿と試合、がんばってね』
…無難な内容。あいつらしくて少し笑った。スタンプを一つ送ると、そこから返事はなかった。…あいつもこういうやり取りは苦手なんだろうなと思った。
友達一覧の中に入った、「桜井優奈」という名前。たったそれだけで、柄にもなく嬉しくなった。