やるべきこと
夏休みが始まって3日。暑くて寝苦しい日々が続いていた。朝私を起こすのは目覚まし時計ではなくセミの鳴き声である。



「…はあ、うるさい…」




今日も汗びっしょりで起き、携帯をみると9時。二度寝できるなあなんて思っていたが、暑すぎて二度寝する気にもならなかった。



「…おかーさん、おはよ」
「やっと起きたん?学校も部活もないからってだらだらするんやないで」




せっせと掃除機をかけるお母さんを眺めながら、用意してあった朝ごはんを食べた。




財前くんから連絡先を教えてもらったあの日。私はすぐにラインで友達検索し、財前くんに連絡をした。




『今日は連絡先おしえてくれてありがとう。合宿と試合、がんばってね』



そう無難な内容のラインをおくると、財前くんからは「了解」という意味のスタンプがポンっと送られてきた。そういえば、財前くん、人と連絡取るのがあまり好きじゃないと言っていた…。そして今気づいたが、私も人と連絡を取るのが得意ではない。


そのスタンプに返事を返せないまま、3日も過ぎてしまって今に至る。



「はあ、私は何をしとるんや…」




いくら携帯を眺めていても、財前くんから連絡が来ることはなかった。ていうか、合宿中だし。全国大会だし。私にライン送ってる暇なんてないんじゃないだろうか?ていうか、いつからいつまでが全国大会なのかも知らない。



「…とりあえず、いつ大阪に帰ってくるか聞いてみよ」






『財前くん、おはよう。忙しいのにラインしてごめんなさい。時間があるときでいいので、いつ大阪に帰ってくるか、よかったら教えてください』



10回ぐらい読み直して、やっと送信ボタンを押した。返事返してくれるかな…としばらく携帯とにらめっこしていると、急に携帯が鳴った。あまり聞きなれない音…ライン電話、財前くんからだった



「えっ、うそっ…財前くんからや、どないしよ…っ」




お母さんに聞かれたくなかったので、バタバタと自分の部屋に戻り、通話ボタンを押した。





「もっ、もしもし」
『…桜井?俺。』
「おっおはよう、ございます」
『なんやねん、他人行儀やな』
「で、電話が来るとは思わなかったから…」
『…自分、もしかして今起きたん』
「えっ。……うん」
『…俺なんて朝6時起きやで。…うらやましいわ』
「ろ、6時…早いなあ…まだ合宿しとるん?」
『もう全国大会始まっとるで。試合はまだやけどな』
「そうなんや…試合無い日も朝早いんやなあ」
『こっちでも朝練はしとるから。…せや、大阪には一週間後くらいに帰る予定やで』
「え…あ、結構先なんや」




一週間…、全国大会って中々長いんだなあ…。すると電話の向こうから「財前ー」という声が聞こえた。おそらく先輩たちの声だ。




『…いまから試合観戦やから、切るわ』
「あっ、うん。…熱中症とか、気を付けてね」
『俺のことより自分のこと心配しろや。寝てばっかやと豚になるで』
「う…、気を付けます…」
『…ほな、また連絡するわ』



プツ






"また連絡するわ"





「…あかん、嬉しすぎて泣きそうや…」





今度は財前くんから連絡してくれるらしい。どうしよう、嬉しすぎる…!





*






「…で、その顔なんや」
「え?」
「そのゆるみきった顔はなんやっちゅーねん」




とある喫茶店の一席で、かき氷をつつく私と花ちゃん。そりゃあ、顔もゆるむだろう



「…実はな…かくかくしかじかで…」
「えっ、ほんまに!?よかったやん!」
「えへ…」
「にしても財前から連絡先教えてくれるなんて…。アイツ、クラスのやつにもあんまり連絡先教えてないみたいやで。高野さんがいっとったわ」
「高野さん…ああ、あの気の強そうな子か…。そうなん?」
「せやで!もしかしたら脈ありかもしれへんな、優奈!」
「あ、あんまり期待させるようなこと言わんといて」




私自身舞い上がっているのは事実だけど、あまり期待しすぎるのも良くないから、この辺で落ち着こう。




「ええなあ、優奈。夏休み部活もないし、自由やん。財前ともうまくいってるみたいやし」
「花ちゃんは何か用事があるの?」
「うちは運動部の助っ人や。前口約束してたのが全部のしかかって来とるねん」
「へ、へえ…」




花ちゃんは運動神経も抜群で、運動部の人が手を借りたいというのもよくわかる。むしろなぜ家庭部にいるのか不思議なくらいだ(理由はもちろん試食したいからだけど)



「すごいな…花ちゃんも、財前くんも…。やるべきことがあるというか…誰かに必要とされとるんやなあ」
「全然すごくないで。休みはつぶれるし最悪や」
「…わたしも何か始めようかなあ」
「…何かって何?」
「…わからへん」
「あほ。優奈は優奈なんやから、そのままでいたらええで」



不思議だけど、花ちゃんにそう言われると、そうなんだなと思う。そうだ、財前くんが帰ってくるまでに、ぜんざいを作る練習をしておこう。どうせなら冷たいぜんざいの作り方とか、どこかに載ってないかな…。

わたしにもささやかな"やるべきこと"ができて、少しだけ安心した。


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bkm
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