「…おはよう」
「…おはよって、またそんな顔して…」
結局昨日は頭の中で財前くんに連絡先を聞くシミュレーションをしていてよく眠れなかった。おかげで目の下はクマだらけである。
「…あんたって…ほんまに進歩しないというか、同じこと繰り返すというか…」
「…あんまり言わんといて…花ちゃん…」
そういえば前も同じようなことで目の下にクマをつくったことがあったっけ…。
ガラ
「…あ…財前くん」
「おー」
「お、おはようっ」
「…顔やばいで。なにしてたん」
財前くんは私の頬をペチっと叩くと、席へ向かっていった。今日はいつにもまして荷物が多い。合宿の荷物なんだろう。
終業式が始まるまでの間、財前くんはピコピコと携帯をいじっていた。あの携帯の電話番号が知りたい。メールアドレスが知りたい。ラインのIDが知りたい。
「連絡先、教えて」
ぽそりとつぶやく。こんなたかだか10文字の言葉が言えない。つくづく自分の性格がいやになった。
それから終業式が終わって、ホームルームも終わって、クラスでは皆、夏休みなにするかだとか、それこそ連絡先教えてと言いあっている光景があった。
「(そうや!この流れに乗って、私も財前くんに連絡先きいたらええんや…!)」
よし、と意気込み財前くんに声をかけようと思ったが、財前くんの席にはすでに彼の姿はなかった。
「え…あれっ?花ちゃん、財前くんどこいったん?」
「財前?財前なら合宿に行くバスがもう来とるとかで、ホームルーム終わってすぐ出てったで」
「そ…そんな…」
ら…ラストチャンスを逃してしまった…。
始まってしまった夏休み。一か月も財前くんと会えなくなる。そんなのいやだ…絶対いやだ
「は…花ちゃん、そのバスってどこに来てるん?」
「バス?…さあ、多分裏門やないかなあ」
花ちゃんの言葉を聞いて、すぐに私は裏門へ向かった。早くいかないと、出発してしまうかもしれない。
「はあ、はあ、」
久しぶりに走ったからか、ものすごく苦しい。運動不足である。
「はあ、はあ、…あ!」
裏門につくと、そこには大型バスがきていて、テニス部の人たちが乗り込んでいるところで、まさに財前くんがバスに乗り込むところだった。
「…ざ、財前くん!!」
久々に大きな声を出した。そういえば前も大きな声を出したのは財前くんを呼ぶときだったような気がする。私の声は彼に届いたらしく、財前くんがこちらを振り向いた
「桜井」
「…はあ、はあ、」
「…何息きらしとんの」
「ただの運動不足やねん…、それよりっ…」
呼吸を整えて、顔を上げると、目の前に財前くんの姿。ここまで勢いで来てしまったけど…。いざ彼を目の前にするとなかなか言葉が出てこない。
「……」
「………えっと」
「……」
「………れ、」
「……」
「「連絡先」」
「…え?」
「…これ」
財前くんと声が被るのもこれが二度目だ。財前くんが差し出した紙をうけとると、そこにはラインのIDらしきものがかかれていた
「…これ…財前くんの、連絡先…?」
「…あんまり人と連絡とるの好きやないねん、せやからそれ、誰にも教えんといて」
「え…」
「ほな俺いくわ」
「…ざ、財前くん!」
「…何?」
「…あの…私は…連絡しても、ええの?」
「…せやから連絡先教えたんやろ。自分あほなん?」
いつもの厳しい言葉を残して、財前くんはバスに乗り込み、テニス部ご一行を乗せたバスは合宿へと出発していった。
バスが行ってしまった後、しばらく裏門の前でぼんやり立っていた。再び手の中の紙きれに目をやると、そこには確かに財前くんの連絡先がかいてある。
まさか財前くんから連絡先を教えてくれるなんて、思わなかった。
「…夢みたいや…」
ただの紙きれなはずなのに、一万円札以上の価値があるような気がした。