「…桜井」
「あ…!財前くん、お疲れ様…」
そんなこんなで部活後に財前くんを待つという日々にも慣れてきたころ、季節はすっかり夏になって、もうすぐ夏休みが始まろうとしていた。
「あ…暑いね!部活、疲れた?」
「あたりまえやろ」
「そ、そうだよね…」
「今日は何つくったん」
「あ…、マカロン!…ほら、かわええやろ?」
袋に詰めたマカロンを財前君に見せると、「えらい色や」と淡白な感想が返ってきた
「なんでも作るんやな」
「う、うん…家庭部やし」
「…ぜんざい。」
「へ…?」
「今度ぜんざいも作って」
ざ…財前くんからじきじきオーダーされてしまった。ぜんざいが好きなのだろうか
「財前くん、ぜんざい好きなん?」
「めっちゃ好き。」
どきん
「(って何が"どきん"やねん。財前くんはぜんざいが好きなだけや。どこの少女漫画やっちゅーねんっ…)」
「…何一人で盛り上がってんねん、怪しいで」
一人でペチンと自分の頭にツッコミを入れていると、財前くんに怪しいと言われた。
「…わ、わかった。今度ぜんざい作る。約束」
控えめに小指を差し出すと、財前くんは私の小指を凝視していたので、「しまった、サムかったか…」とまたもや自分にツッコミを入れたくなったが、財前くんは視線をそらしながら私の小指に自分の小指を絡めてくれた。
財前くんが指切りしてる…。似合わないというか、ちょっとかわいいというか、私からやりだしたくせに、笑ってしまいそうだった
「…何わろてんねん、しばくで」
「ごっ、ごめんなさい…」
財前くんにぎろっとにらまれたので怖かった。ゆっくりと二人で歩いていたつもりだったけれど、もうあのコンビニが近くまで見えている。もう少しだけ家が離れていれば、一緒に帰れる時間も増えたかもしれないのに…。
「あっ、明日終業式やね!その後部活ある?」
「終業式……」
「……財前くん?」
「…あー、そうや。忘れとった」
「…?」
「明日から合宿やねん。そんでそのまま全国大会で東京や」
「…えっ、明日終業式やんな…」
「それは出るけど、そのあとは合宿やねん。せやからぜんざいは休み明けやな…」
「…あ…そっか…。テニス部、すごいなあ、財前くんも試合でるん?」
「当たり前やろ」
「えらいなあ…私夏休み何して遊ぶかしか考えてへんかった…」
「あほやな。」
ぽそっとあほと言われた上に地味に笑われてちょっとショックだった。それはおいといて、明日から合宿に全国大会かあ…。せっかく財前くんにオーダーもらったのに、ぜんざい作ってあげられるのは夏休み明け。一ヶ月は長すぎるよ。
ん…?ということは…一ヶ月財前くんに会えないってこと…?
「い、いややそんなの!」
「何がやねん」
「あっ、その、こっちの話…」
財前くんと一ヶ月間会えない。そんなのいやだ…。せっかく仲良くなり始めたのに、一ヶ月も空いたら、財前くん私のこと忘れてしまう…。
「(そうや…!連絡先を聞いたらええんや…!)」
「ほな俺こっちいくわ」
「えっ、…ま…待って!財前くん…!」
「……何?」
コンビニの前で私とは反対の方向へと歩こうとした財前くんを呼び止めると、財前くんはいつもと同じ感情の読み取りにくい顔で私を見た。
「……あ、あの」
「なんや」
「……えーっと…」
「……」
「……」
「何黙っとんねん。自分から呼び止めといて」
「あっ、ごめんなさ…」
「……はあ。言いたいことあるんやったら、はよ言えや」
「……き、気をつけて、帰ってね……財前くん…」
「なんやねんそれ」
財前くんはふいっと顔をそらし、反対の方向へと歩いて行ってしまった。
「はあ…言えへんかった…」
あんなこと言いたかったわけやないのに……。でも連絡先きいて、「人と連絡取るの苦手やから」とかなんとか言われて断られたらどうしようと、怖くなってしまった。財前くんならありえそうな話だし…
だけど諦めるのはまだ早い…。明日終業式が終わるまでに何とか聞き出さないと。決戦は明日である。
「(がんばれ、私)」