財前君のはなし<後編>
あいつがテニスコートに現れなくなって一週間。 俺は何故か練習に身が入らなくてミスを連発していた。先日から心配してくれていた白石部長も、ついに「いい加減にせえよ」と怒り出すほどだった。



「なんや財前ー!元気ないやん!」
「謙也さんやかましいっす。静かにしてくれません?」
「ぐ…!なんちゅー生意気な…!」


俺自身自分のことがよくわからん…。
どうすることもできず、今日も授業を終えて部活に行く。もうあいつのことなんか忘れようと思ったその時。テニスコートの側にあいつの姿があった。


「……!」
「光ぅ、練習始まるわよ!」
「あ、はい…」



たかだか一週間あいつの姿を見ていなかっただけなのに、何故かものすごく久々なような気がして思わず目をやってしまった。小春先輩に促されて部員が群がる方へ行くと、すぐに練習が始まった。



パァン!


「お!財前ええ調子やん」
「……どうも…」



……あれだけ入らなかったサーブがすんなりと向こうのコートへ入った。なんやこれ、と思いながらあいつの方へ目をやるとそこにはもうその姿はなかった。まだ練習はじまって10分そこらなのに。前なんて部活の最初から最後までいたのに。



「……飽きたんやな」



そうとしか考えられなかった。それからもあいつは部活を見には来るものの、10分くらいで帰ってしまう。早い時は5分だ。ま、逆にこんな練習を何時間も見てる方がおかしいのだ。あいつは練習を見るのに飽きた。そう自己完結して、俺はあいつのことをなかったことにし、日々を過ごした。


夏が過ぎて
秋が過ぎて
冬が過ぎて


春がきた頃。あいつは未だテニスコートへ現れていた。やっぱりほんの数分くらいだけど、その存在は着々と先輩たちにも広まっていた。


「また来てるであいつ」
「よく来るわねぇ。誰を見に来てるんか気になるわァ〜〜」


「(ほんま、ようやるわ)」



まさか春になるまで、テニスコートに来続けるとは思わなかった。数分で帰り始めた頃は、飽きたんやろなと思っていたけど、ここまでくるとそうも思えない。



あいつには聞きたいことがたくさんある

そもそも名前は何なのかとか、部活は何に入ったんだとか、友達はいるのかとか、なんでテニスコートに毎日毎日くるのかとか


だけど声をかけることができない。…やっぱり俺とあいつは似ている。俺も十分弱虫だ。



そんなむず痒い気持ちを抱えながら迎えた新学期、俺は新しいクラスに着いた途端、あいつが教室にいるという光景に目を見開いた。



「(同じ、…クラス。)」



すごい偶然だと驚きながら、耳にイヤホンをつけ、少し下を向きながら自分の席につく。斜め前に、アイツの姿がいる。携帯をいじりながら、ちらっと名簿を見ると、あいつの席のところに桜井優奈とあった。




「(あいつ…桜井っていうんか)」



やっと名前を知って、彼女の方へ目をやると、どういうタイミングの良さなのか、バッチリ目が合ってしまい、俺は自然と目をそらした。イヤホンの音量を上げて、携帯をいじっていると桜井やほかのクラスメイトたちは、始業式のために体育館へ向かい始めたので俺も席を立った。




「財前ー!」



校庭までの廊下を一人歩いていると、向こうの方から金髪のアホ面が俺に向かって手を振っている。謙也さんだ。隣には白石部長もいた。



「ども」
「聞いてえな!俺と白石同じクラスに――…って、お前、なんやねんその顔」
「…は?」



謙也さんがよくわからないことを言うので手で自分の顔を触ってみる。



「…なんもないですけど」
「財前、顔ゆるみまくっとったで」
「え」
「せやで!嬉しそうな顔しよって、なんかあったん?」
「…別に」



謙也さんと部長が下から俺の顔を覗き込んできたので、思いっきり振り払って校庭へ向かった。自分のクラスの列に並ぶと、あいつの姿が見えた。





"嬉しそうな顔しよって"





「…はあ、ほんまかいな」




中学二年の春。俺は、人生で初めて恋をした


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