財前君のはなし<前編>
財前視点

”初めて話した子”とか、”初めて友達になった子”は、ちょっと特別なんやで

とかなんとか、兄貴の嫁が言ってたのを今でも覚えている。

俺は今でもまともに友達と言える奴はいないけど、”初めて話した奴”ならハッキリ覚えている。

そいつは俺と同じように、この学校とは縁のかけらもありません、みたいな顔をしながら、学校中が部活勧誘で盛り上がる中、ベンチで一人座っていた。

そいつも俺と同じで、入りたい部活がなく途方に暮れていたらしく、独り言がかぶった時は、思わず顔を見合ってしまった。

おかしな学校へ入ってしまい、絶望していた俺にとって、唯一俺と同じ境遇だったその女を見た途端、不思議と嬉しさが込み上げてきた。話をしてみるとかなり気が弱いらしく、放っておくとおかしな方向へ巻き込まれそうだったので一緒に部活めぐりをしようと提案した。


実はもっと話をしたかっただけだけど、あいにくそれを口に出して言えるほど素直ではなかった。

そいつも、仲間を見つけたような嬉しさがあったらしく、オドオドしながらも終始笑顔で俺に話しかけてきた。話すのに夢中で、お互い自己紹介するのを忘れていたことに、俺は途中から気がついた。しかし、なんとなく自分から名乗ることも出来ず、相手の名前も聞くことができずに別れてしまった。


それからも俺は一向に部活は決まらず、学校にも馴染めないままフワフワとした生活を送っていた。


「……あの泣き虫、どないしたんやろ」



そんなことを思いつつも、彼女と出会うこともなく、そしてしばらくしてから俺は先輩らから猛烈な勧誘に遭い、テニス部へ入部することになった。

それからは部活と先輩らの相手に明け暮れて、あの泣き虫のことは正直忘れていた。

しかしある日、あの女がテニスコートを眺めていることに気がついた。
チクチクと感じる視線に気づかないふりをしつつ、横目でアイツの姿を見た。相変わらず幸の薄そうな顔をしている。…もしかしてこいつ、まだ部活決まってないんじゃないのか…。

その日を境に、アイツは毎日テニスコートへ来るようになった。



「財前、なんかええことでもあった?」




ある日の部活中。コートではサーブの練習が行われていて、いつも通り先輩らはふざけながら練習をしていた。そんな中謙也さんに言われた一言がこれだった。


「…なんでですか」
「いや、最近機嫌ええなーって」
「…別に何もないですけど…」



機嫌がいい?…俺が?
そんなことを言われたのは生まれて初めてだったので少し衝撃だった。

そのあと、謙也さん以外にも先輩らに同じようなことを何回か言われた。極めつけに兄貴や兄貴の嫁にも言われた。



「(機嫌がいい…俺が…)」


なぜだかよくわからないまま部活に行くと、今日もアイツの姿が視界に入る。暇なんやなと思いつつもつい横目でその姿を見てしまう。…ていうか、俺が部活してる時に見に来れるってことは、結局どの部にも入部しなかったのだろうか…。いや、帰宅部の選択肢はないはずだ。




「…小春先輩、この学校、活動がない部とかあるんすか」
「活動がない部ぅ?ん〜〜〜、確か科学部はほぼ活動ゼロやったかなあ」
「…科学、部…」



あいつまさか…科学部入ったのか…。真相はわからないままだったが、あいつは足しげくテニスコートへ通っていた。






だけどある日、あいつはめっきりテニスコートへ来なくなった。

部活開始前から見に来ていたくらいだったのに。そんな奴が来なくなるとさすがに俺も気になって仕方がなかった。



ボスッ




「おーーい財前、何しとんねん」



白石部長の声がする。…サーブ、ネットにひっかけてしまった




「…くっそ…」
「大丈夫か?調子悪いやん」
「…何でもないっす」



それからもなぜかサーブは向こうのコートに入らなくて。





アイツもテニスコートに現れることはなかった


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