不毛な片想い
「おはよー優奈…ってなんやそのクマ」
「…おはよー…花ちゃん…」



パウンドケーキを焦がしてから一夜明けた次の日。私の目の下はクマだらけになっていた。昨日の夜からずっと、財前君に謝らなくちゃと考えていたらすっかり寝不足になってしまったのだ。

花ちゃんに「顔がやばい」と散々いわれながら教室へ向かうと、財前君はまだ来ていないようだった。しばらくして先生が入ってくると同時くらいに汗だくの財前君が教室へすべりこんできた。それからHRが始まって、一時間目が始まって…。すっかり財前君に声をかけそびれてしまった。



「優奈、さっきから落ち着かへんな」
「えっ、そんなことないよ」
「にしても財前の奴、今日ずーっと机に突っ伏して、なんやねんアイツ」
「つ、疲れてるんじゃないのかな…」




今日の財前君は、休み時間になるとすぐに机に突っ伏していた。おかげで声をかけるスキもなくて、私はただ彼の姿を目で追うことしかできなかった。そしてチャンスが巡ってきたのはお昼休み。財前君はお昼を買いに教室を出て行ったので、私も彼を追いかけ教室を出た。




「財前君っ」
「…おー」
「あ、あの…えっと…なんか今日、疲れとるね…」
「ああ…。なんか用?」
「えっ、あの…き、昨日はごめんな。失敗してもうて…」
「あー…別に。…ほな、パンなくなるし行くわ」




そういうと財前君はスタスタと購買へ行ってしまった。

とんでもなく拍子抜けしてしまった…。私は一晩中財前君に謝ることを考えてたけど、財前君にとっては、とりとめもないようなことで…。



なんだか、私だけ盛り上がってたみたいで、恥ずかしい…






「優奈ー!お昼食べに…って、うわ、顔色悪っ、どないしたん」
「あ…花ちゃん…」
「なんやどっか体の調子でもおかしいんか?…優奈?」
「…うぅ〜〜〜…花ちゃん…」
「うわっ、何泣いとるん!?」



私にしては久々に泣いてしまった…。一人盛り上がってた恥ずかしさと、財前くんの素っ気なさへの悲しさで。


そういえばテニス部は夏の全国大会に向けた地区予選やら府大会やらで忙しいらしい。そもそも財前くんは私なんかに構ってる暇なんてないはずだ。それでも貰ってくれると言ってもらえただけでも十分なのだ。よくばっちゃだめだ…。



「…はー…久々に泣いた…」
「全然久々やないやん。」
「私にとっては久々やねん」
「うちなんていつ泣いたかもう覚えてへんわ」



花ちゃんとは違うの!と言って、涙を拭き、お昼を食べに中庭へ向かった。今日はパウンドケーキを焦がさないようにするんだ。そしてそれを、財前くんに渡す。それだけできれば十分だ。

その日、財前くんは本当に疲れていたらしく?、一日中机に突っ伏していた。そんな彼の姿を見て、もっと腹持ちするものの方が良かっただろうかとか、色々考えたけど、あの財前くんの素っ気なさを思い出し、考えるのを途中でやめた。










「で、できた…!」


放課後の家庭科室。オーブンレンジからふっくら焼きあがったパウンドケーキを取り出すと、いい匂いが部屋中に広がった。今回は成功したらしく、花ちゃんも物欲しそうにパウンドケーキを眺めていた。




「めっちゃええ焼け具合やんか!」
「よかったあ…これで今日は渡せるわ…」
「ええなあ財前。こんな美味しそうなもんもらえるなんて、幸せモンやなあ」
「…そんなことないよ…」


包丁で切った後、物欲しそうにしていた花ちゃんにパウンドケーキのひと切れをあげると、犬みたいに喜んだ。財前くんもこれくらい喜んでくれたらなおいいのになあ…


「優奈、今日どないすんの」
「あ…私、財前くん部活終わるの待っとる」
「げへへ、カップルみたいやなあ」
「もう、そういうのいいって」


ニヤニヤする花ちゃんを交わしながら片付けをし、ケーキの袋を持って家庭科室を出ると、財前くんはまだ部活をしていたので、テニスコートが小さく見える中庭で、ベンチに座って待つことにした。



はあ…片想いって、不毛だ。幸せな妄想をしていい気分になってみたり、可愛くなろうと頑張ってみたりしても、相手にとっては取り留めもないことだなんて…。

こうやって財前くんを待つことに時間を割くことも、今の私にはとても重要なことだが、時間の無駄なのかもしれない…。



「あかん…ネガティブになってきた…」


こんな暗いところで一人でいるから気分が暗くなるのだ。少しテニスコートの近くに行ってみよう。




テニスコートに着くと、ちょうど練習が終わったらしく、こないだ見た白石先輩が、「片付けー」と言っている姿が見えた。ああ…あの人部長なんだ…。あれだけ目立つのに今まで目に入ってなかったなんて…私の目には財前くん以外写らない仕組みになっているのかもしれない。


しばらくすると、片付けも終わり、着替えを済ませた部員の人たちが部室から出て来始めた。財前くんの姿を見つけると、私はタタッと駆け寄ろうとしたが、彼の隣に先輩たちが沢山いたので足がすくんでしまい、思わず木陰に隠れてしまった。



「な、なんで隠れとるんやろ、私…」



財前くんの周りには、この間絡まれた変な先輩2人組と、スピードスピード言っている変な先輩がいた。あれじゃあ財前くんに近づけないよ…



「光ぅ、今日も可愛いカノジョからの差し入れ取りに行くん〜?」
「…せやから、彼女じゃないっす」
「くっそ!俺なんかここ最近、バレンタインくらいしか女の子に食べ物もらえないんやで!うらやましすぎるっちゅう話や!」
「ま、それは俺と謙也さんの差ですわ」
「生意気やで財前〜〜!」


ヘアバンドの先輩に頭をウリウリされる財前くん。財前くん…私の件で先輩たちにからかわれてるのかな…。それにしても彼女じゃないってはっきり言われると、事実なんだけどちょっぴりショックである。その後もなんだか私の話をしてるみたいだったので、木の後ろから出るに出られなかった


「なあ財前、俺が下駄箱に取りに行ってやろか?」
「残念やけど、行ってもムダっすよ。別の方法で渡してもらうことになったんで」
「もぉ〜〜、光ったら、そんなにアタシらにあのお料理とられるのが嫌なん?」
「なっ…ちゃうわ!」
「せやったら、少しくらい分けてくれてもええやんか!」
「ぜっっったい嫌っすわ。先輩らには特に」
「ったくもう、もっと素直になりなさいよ〜!あの子からのお料理、楽しみで仕方ないんやろー?」





ーーーーーえ…?



ドサッ




し、しまった…!もってた袋を落としてしまった。当然その音に気づいた財前くんと先輩たちはこちらへ目を向けた。盗み聞きしてたのがばれてしまう…ど、どうしよう…っ



「…桜井…?」
「…っ、あ、あれ?ざざざざざざ財前くん?ぐ、偶然やな!今部活帰りなん?」



私の精一杯の演技力を振り絞って、あたかも偶然を装ってみたが、どうやら無駄だったらしく、財前くんの先輩たちが一斉に吹き出していた。



「ぶっ…はははは!なあアンタ!頭葉っぱだらけやでー!」
「え…っ?、う、うそ…っ」
「わざとらしい演技やなあ、わざとらし過ぎて、逆におもろいで!」
「う、あ…その、えっと、」
「コラ謙也!一氏!笑いすぎやでぇ」



さ、最悪だ…。恥ずかしすぎる…。今日は涙腺がゆるい。恥ずかしさで涙目になってきてしまった…。

それに…



「ほな光!うまくやるんやでー」
「アホなこと言うてないで、はよ帰ってください」
「女の子泣かすんやないでー!」
「…泣かしたのあんたらやん…」



先輩たちは台風のように去って行き、私の財前くんの二人きりになってしまった。涙が溢れそうなのをこらえる私を見て、財前くんは深くため息をついた。




「…ったく、…泣きすぎ。」
「…泣いてへん…」
「泣いとるやん。しかも頭葉っぱだらけでアホみたいやで」
「……アホやないもん、好きでつけてんねん…」
「ぶっ、なんやそれ」



本格的に涙が流れ始め、それを見た財前くんはまたため息をついて、今日はハンカチで涙を拭ってくれた。



「…何泣いてんねん。おもろい言われたんやで。ええことやんか」
「…ちゃう、…ちゃうねん…」
「…何が」
「…ざ…財前、くん、…グス…っ、私の料理なんて…っ、どうでもええって…、」
「……何言うてんのか全然わからん、とりあえず泣き止みや」



財前くんは摩擦が起きるほどゴシゴシと私の顔をハンカチで拭った。財前くんは私が泣くと、いつも嫌そうな顔するけど、絶対ほっといたりしない。そんなところも好きだ。



「ごめ、…ハンカチに鼻水ついてもた、」
「弁償しいや」
「えっ……、はい…。」
「ぶは、『はい』ちゃうわ。真に受けんなや」
「ご、ごめん…」
「…さっきの話、聞いたんか」
「……あ、う、…その、…聞きました…」
「…はあ、最悪や。ほんまに先輩らろくなことせえへん」
「…財前くん…素っ気なかったから、私の料理なんてどうでもええのかと思っとった…」
「……」
「せやからさっきの話聞いて…私の料理楽しみにしてくれてたんかなって…そう思ったら、嬉しくて…」
「それで泣いてんの?」
「……うん」
「…アホ。誰もどうでもええなんて言ってへんやろ」


先輩らにからかわれて疲れとっただけや、と
いうと、財前くんは私が落とした紙袋からパウンドケーキを取り出して、がふがふと一気に食べ始めた。



「ちょ、財前くん…そんな一気に食べたら…っ」
「しゃーないやん。うまいから止まらんだけや」
「え…」
「…
ご馳走さん。また待っとるから」





”待っとるから”





「うん…毎日作る…。頑張って作る…!」



思い切り意気込むと、財前くんはふっと笑いながら「いくで」と正門へ向かって行った。財前くん…。そんなに優しくされると、嬉しすぎておかしくなっちゃうよ。片想い中の女の子は、人一倍妄想力も高いんだよ。でも、今はいいか。少しくらいこの幸せに浸っても悪くないよね。


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