主人公視点
全国大会が終わって数日。私たち四天宝寺テニス部は久々の休養に入り、またテニス三昧な日々が始まろうとしていた。三年の夏、受験シーズンではあるが皆四天宝寺高校へ進学するとのことで、大して勉強に追われる人もいなく、夏休みも部活しようということになったのである。
「…あれ、遠山くんは?」
「アイツなら補講っすよ。補講。」
夏休み、部室へ顔を出すと、そこにはいつもやかましい遠山くんの姿が見えなかった。補講かあ。彼らしいな…
「…財前くんは補講ないの?」
「まあ」
「優秀だね」
「当然っすわ」
相変わらず生意気な口をきく後輩である。因みにずいぶん前にした財前くんへの借金はすでに返済済みである。財前くんに借金したままだと、なんだか弱味を握られているようで嫌だった。
「……今日も暑いね…」
「先輩らも遅いっすね」
「もう引退したからね。来る時間何時でもいいって言っちゃったから」
「優奈先輩は普段通りっすね」
「マネージャーは今のところ私だけだしね…」
「…フーン」
大して興味もなさそうに財前くんは相槌をうち、スタスタとコートへ向かっていった。可愛げがない奴である。それから白石、謙也、小春ちゃんに一氏くん、石田くんたちがコートに現れまたいつも通りの練習が始まった。
「…白石、私外見てくるから」
「おお、よろしくな」
そして私はどこにいるのかよくわからない千歳を探しに出かけるのも、日課になっていた。千歳は荷物は部室にあるくせになかなかコートへ現れない。本当に困った奴である。
千歳を探しに行くうちに、彼のお気に入りスポットが裏山だとわかってきた。でも最近蚊に刺されるとかなんとか言っていたから、どうだろう…。裏山以外に目星をつけて探していると、予想通り噴水近くのベンチに寝っ転がっている千歳を発見した。
「…千歳、千歳」
「……ぐー…」
珍しく爆睡している。ゆさゆさとその巨体を揺らしても見るが起きる気配はない。仕方ないなあ、と私はめちゃくちゃ重たい千歳の足をどかして、空いたスペースに腰を下ろした。千歳…これだけ変な体勢ならそのうち起きるだろう。……
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「…ん…」
目をさますと、大きな背中にもじゃもじゃの髪の毛。…ここはどこ…千歳の…上?
「ぅわああああ」
「ひっ、なんね優奈、どげんしたとや?」
「お、降ろして降ろして」
「遠慮するんじゃなか、もう少し寝とってもよかよ?」
「いいから降ろして…っ」
どうやら寝てる千歳が起きるのを待っていた私が、逆に寝てしまったらしい。千歳におぶられながら、どうやらコートの方へ向かっているようだ。それはいいんだけど降ろしてくれないかな。実は全国大会が終わって数日経つけど、私はまだ千歳と密着すると動悸がするのである。生命の危機だ。
「1メートル以内にはいるなっていったでしょ…!」
「まーだそげんこついうとっと?おかしな優奈ばい」
「〜〜〜っ、おろせ〜っ」
足をバタつかせてもピクリとも動じない千歳。私も途中から堪忍して、抵抗するのをやめた。
「そうだ千歳、今日もお母さんがご飯食べにきなって」
「えっ。よかと?」
「うん。今日カレーだよ」
「うわー嬉しかー、もちろんいくばい」
最近お母さんが妙に千歳を夕飯に誘うので、ほぼ毎日千歳と夕飯を共にしている。おそらくお父さんの残業が続いてるので、私と二人だけの夕飯が味気ないのだろう。コートへ戻るとみんながいつも通りにわいわい騒いでいて、遠山くんがいない分少しだけ静かなような気もした。
「はあ…優奈ちゃんと千歳…かわええなあ、めっちゃええわあ…」
「相変わらず仲ええなあの二人」
「ああんはよくっつかへんのあの二人〜〜、じれったいわあ」
「…小春、お前こないだから頭の中で盛り上がりすぎやろ。まだ二人がそういう感情持ってることすらわからへんのに」
「ええやないの、それに千歳と喋ってる優奈ちゃんて、少しかわええ顔しとるやんか」
「かわええ顔、なあ」
なんだか視線を感じると思い、その方向へ目をやると、小春ちゃんと白石と目があった。なんだかあの二人最近私のこと見てる気がする…。なんなんだろう。