素直になれなくて
主人公視点

次の日。ものすごい寝不足のせいか、目の下はクマだらけで鏡の中の自分に驚いた。思えば今まで寝不足になるほど何かが気になったり、思い悩んだことがなかったので、初めての体験だなあ。としみじみした。まあそれほど自分が能天気なやつだったのだと思い知らされもしたけれど。今日はついに準決勝。地区予選から地道に勝ち進み、長い道のりだったなあ。



「って、まだ決勝いってないっつーの」

「なあ蔵りん…優奈ちゃんがノリツッコミしとるで、しかも1人で」
「ほんまに昨日から様子おかしいもんなあ」



こんなことを言われていることにも気付かずに、私はとにかく集中するように気を引き締めた。ただでさえ騒がしい四天宝寺である。マネージャーくらいしっかりしていなくては。試合に集中。試合に集中…。

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「四天宝寺中石田選手棄権により、勝者青春学園河村隆!」


試合の状況はあまりよくなかった。白石が一勝あげて先制したものの、小春ちゃんと一氏くんたちが負け、石田くんも負けてしまった。ていうか、石田くんが負けたところ初めて見た…。ていうかていうか、折れてるって骨だよね?


「い、石田くん、大丈夫…?」
「大事ない」
「いや、でも骨が…」
「桜井、それよか青学の選手、病院まで連れてったってや」
「え…」


石田くんの心配をしていると、渡邊先生に肩を叩かれた。先生がさしたのは青学の河村くん。そりゃ彼もボロボロだけど、骨折れてる方もまずいのでは…とかなんとか思いながらおとなしく先生の言うことを聞いておいた。


「…大丈夫ですか?」
「うん、なんとか。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「いえ…。私の肩捕まってもらって大丈夫ですので」
「えっ。俺結構重いよ」
「大丈夫です」


河村くんに肩を貸しながら階段を上っていると、向こうから女の子の声で「ドロボウのにいちゃーん」というのが聞こえた。思わずそちらに目を向けると、そこには小麦色の肌の女の子と、千歳の姿があった。


「千歳…!」


その一瞬、私は千歳の姿に気を取られ、河村くんの手を離してしまい、彼は大きく尻餅をついてしまった。うわあ…なにしてんだ私は…河村くんはボロボロの姿で「大丈夫大丈夫」と言っていて、なんだか切なくなった。
しかも電光掲示板には千歳の名前が出ている。ダブルス1、謙也じゃなかったんだ。うう、千歳のことが猛烈に気になるけど、私には河村くんを病院へ運ぶ任務がある。仕方ない…



「ごめん、いこ」
「桜井さんも試合みたいよね、ごめんね」
「ううん」


見たいのは確かにそうだけど、仕方ない。私はそのまま河村くんとタクシーに乗り込んで近場の病院へと向かった。途中一氏くんから「千歳と手塚の試合、白熱中!」とメールが来たりしていたが、途中からメールはぱったり止まった。


「桜井さん、治療終わったよ」
「あ…大丈夫でしたか?」
「うん。とりあえず今日はこの病院で安静だって」
「…そう」


うーん。この分じゃあ、青学の人が迎えに来るまで私が付き添いだな…。試合がものすごく気になって仕方がなかったが、私は大人しくベットで安静にしてる河村くんと世間話をして時間を潰した。「河村くんも背が高いね」とか「桜井さんも結構大きいよね」とか本当に他愛のない会話だったが、普段四天宝寺の人たちとしか触れ合わないせいか、河村くんがとても常識的な人に思えた。



それから数時間後。やっとお迎えが来た。不二くんと石田くんだ。



「優奈、付き添いありがとう」
「ううん」
「優奈はん…すまん。負けてしもうた。」


石田くんが暗い顔で結果を教えてくれた。一氏くんからメールが来なくなったのでなんとなくそうかなと思っていた。しかも試合後に遠山くんが駄々こねて、越前くんと一時間くらい試合をしていたらしい。それでこんなに遅かったのか



「じゃあ、私たちはこれで」
「河村はん、今日はええ試合やった。お大事に」
「二人ともありがとう。気をつけて帰ってね」
「優奈、お疲れ様。またね」


河村くんと不二くんに別れをいい、私は石田くんとホテルへ向かった。



「…そっか。千歳、負けちゃったんだ…」
「でも、ええ試合やったで。そんな顔せんで」
「あ、ごめん」
「…優奈はんはよう変わったなあ」
「え?」
「ほんまに感情豊かになった。別人のようや」
「ふふ、ありがとう」


ホテルに着くと、みんなはなぜか流し素麺の支度をしていた。これからお疲れパーティーをするらしい。ていうか素麺て…渡邊先生はろくなもの奢ってくれたことがない。


「あ!桜井!」
「皆、お疲れ様」
「優奈ちゃん、ごめんなあ。決勝いかれへんかった」
「桜井、スマン」


一氏くんや謙也たちがしゅんとした顔で私を迎えてくれた。


「…みんなお疲れ様。最後まで見れなかったけど、いい試合だったよ」



もうこれで、本当に最後だから。少しだけ涙が出そうになったけど、なけなしの表情筋を駆使して笑顔を作った。ちゃんと作れていたかは微妙だけど。マネージャーを始めて2年半。部活に対してこんなに大切だなと感じるとは思ってもみなかった。


「…優奈」


振り向くと、そこには千歳がいた。別に対して離れていたわけではないのにものすごく久々に感じる。


「…お疲れ様」
「…すまんばい、手塚に負けた、」
「…………」
「…優奈?」
「……………」
「す、すまん、そげん怒らんでも…」
「…ばか、」
「え」






「勝手に、辞めるな…」




本当は帰ってきてくれてありがとうとか、心配したよとか、言いたいことはたくさんあったのだけど、なんだか素直になれなくてこんな言葉しか出てこなかった。でも千歳が笑ってくれたので、きっと気持ちは伝わったはずだ。なんとなく昨日からもやついていた胸がスッキリした。

その後みんなは他校の人と焼肉を食べに行ってしまった。なんだか嫌な予感がしたので今回は遠慮した。その後話を聞いたら壮絶な大食いバトルが繰り広げられたらしい。行かなくてよかった。


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bkm
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