皆とわたし
主人公視点

それから数日。四天宝寺は一回戦を見事勝利でおさめた。ほかにも青学や氷帝など、見知った学校が勝ち上がってきているところだった。


「なあ優奈ちゃん、結局氷帝の試合は見にいったん?」
「まだ行ってない」
「一回くらい見にいったほうがええんやないの?」



話を聞くと、皆は雨で延期になった青学と氷帝の試合を見に行く予定らしい。うーん。どうしようかな。私は陰でこっそり見てみようかな…



「ほなウチらさきにいっとるで」
「え、あ。うん」




どうやら本当に全員で見に行くらしく、私一人ぽつんと取り残されてしまった。


実は、なんとなく見に行きにくい理由がある。あれほど試合を見に来いと言っていた跡部君から、まったくメールが来ないのだ。私が返事返してないっていうのもあるのかもしれないけど…


「…氷帝と、青学」



調べてみると、氷帝は青学に以前負けているらしく、今回の試合はリベンジ戦のようだ。
それほど真剣な試合なのだろう。



「…よし。陰で見よう。」


見つからないように、こっそりと。
皆からだいぶ遅れて会場へ行くと、跡部君と越前君の試合が始まろうとしているところだった。この試合で勝った学校がいずれ四天宝寺と当たるのだ。いつぞやの白石の言葉をかみしめながら、しっかり偵察することにした。












跡部君と越前君の試合は意外にも長くて長くて、最後のほうは私がフラフラするほど長い試合をしていた。おまけに越前君が勝っちゃうし、跡部君は坊主になるしで、驚き満載の試合だった。



跡部君に何か声をかけようかと思ったけど、目を合わすこともできず、私はこそこそとホテルへ戻り、部屋のベッドに倒れこんだ。

今度跡部君に会ったら何を話そうかなとか、このまま勝ち進んだら青学と当たるなあとか色々考えていると。



ピピピ



この原始的な着信音は間違いなく私の携帯。そして画面を見ると跡部君からだった。なんとタイムリーな




「…はい」
『俺様からの電話に出るなんて、めずらしいじゃねえか』
「たまたま手に持ってたので」
『フン。まあいい。…ところでお前、試合見に来たのか?』
「…一応」
『そうか』
「……………」
『……………』








「…その、髪型似合ってました」
『そこかよ』
「え…」
『ほかに色々言うことあるだろ』
「えっと、お疲れさまでした?」
『てめえにはコミュニケーション能力ってのが欠けてるようだな』
「…(否定できない)」




『…そうか、お前、見に来てたんだな』
「え…」
『なんでよりによって負け試合だけ見に来るんだよ』
「そんなこといわれても…」
『…ダセーとこ見られたな』
「私はいい試合だったと思う」
『…フン、そーかよ』




じゃあまたな、と言う跡部君の一言で、通話は切れてしまった。
跡部君...どんな顔していたんだろう。電話は苦手だ。相手の表情が見えないから、相手が何を考えているのかいまいちわからない。表情って大切なんだなと痛感する。また今度会った時に、ちゃんとお疲れさまって言っておこう。













「桜井も見に来とったん?」
「うん。一応。」



四天宝寺の皆は試合観戦を堪能したらしく、食堂で夕飯を食べながら、明日からの自分たちの試合の話に花を咲かせていた。





「明日は不動峰戦や。それ勝ったら次は青学やで!」
「ついにコシマエに会えるんやなあ。めっちゃ楽しみや!」
「せやから金ちゃん、コシマエやなくて、越前やって」




遠山君が言ってたコシマエって、青学の越前君のことだったのね。二人とも同い年だしどこか似ているところがあるから、いいライバルになるかも…



「…そういえば千歳は?」




何か足りないと思ったら、千歳がいない。




「さあ、試合見てた時は一緒におったんやけどねえ」
「…ふーん」



ま、千歳がいなくなるなんていつものことか。フラフラ放浪する癖は東京にいても同じなんだな。


皆明日の不動峰戦にそなえ、今日は早めに寝るらしい。わたしも部屋に戻って今一度不動峰に関する情報を見ていると、コンコンと部屋の扉が鳴った。




「…千歳?」
「もう寝とった?」
「まだ」
「アイス買ってきたばい。いる?」




千歳の手にあるコンビニの袋にはアイスが入っている。食べたい。


「…食べる。」
「ん。どーぞ」
「…ありがとう」
「優奈の部屋は一人部屋たいね。うらやましか〜」
「皆は四人部屋なんだよね…。…入る?」
「……入ってもよかと?」




まああんまりよくはないけど。中に入れてくださいって顔に書いてあるじゃないか。千歳を部屋に入れて、ベランダにこしかけ二人でアイスを食べ始めた。



「……明日、試合だね」
「ん。中々よかコンディションたい」
「…この橘君って、元々獅子楽中のひとだったんだね。千歳はこの人知ってるの?」
「はは、優奈は橘んこつも覚えてなかとね」
「え…」



また私は誰かを忘れているのだろうか。橘くん、橘くん…。わからん。唸りながら思い出そうとしていると、千歳がアイスを食べながら、私が橘君と話したことがあるという話や、千歳と橘君のことを教えてくれた。千歳がこんなに喋るのは珍しい気がする。ずっと謎だった右目の話も教えてくれた。




「…それで右目が…」
「前よりかは良くなってきたとよ。まだまだ見えんけど」
「じゃあ、明日は大切な試合だね」
「そうやね」
「…皆偉いねえ…」
「…優奈?」
「…皆みたいに真剣になれるもの、私には無い…。」



今日、跡部君の試合を見た時もそう思った。皆テニスに真剣で、思わず自分には何があるだろうかと考えてしまう。



「なんば言いよっとね。優奈にはマネージャーがあるたい」
「…タオルの準備程度の仕事だよ…」
「そげんこつ言うと、白石たちが悲しむばい。それに、優奈はマネージャーとして結構評判もよかとよ」
「…そうなの?」
「獅子楽におった時、橘が言っとったばい」



…そうなんだ。千歳の話が本当かどうかはわからないけど、そうやって言ってもらえると、自信が持てる。へんだな、私こんなに単純だっけか。嬉しくて思わず口角が上がる。嬉しがってるのがばれないように、必死に指で口の両端を下へ下げた。




「…何しとると?変顔の練習?」
「……違う。…ていうか、一メートル以内に入らないで」
「まだそれ言っとると?」
「早く寝なさい」



ぐいぐいと千歳の大きな背中を押しながら部屋から追い出し、ベッドへもぐりこんだ。いままで嬉しさが顔に出ることなんてなかったのに。私の表情筋も随分発達したなあと、少し感動しながら眠りについた。


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bkm
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