小さな望み
千歳視点

優奈と出会ったのは今年の四月ではなく去年の夏。西日本大会の決勝で四天宝寺と当たった時だ。四天宝寺といえば大阪の学校のなかでも少し異質でお笑いに特化した学校というのは有名な話。生徒も陽気で変わったやつが多い。そんな中、四天宝寺テニス部のマネージャー桜井優奈は他校の生徒から見ても異質な存在だった。

「今の奴らが四天宝寺の連中たいね」
「ああ、四天宝寺の成長っぷりは目まぐるしか。気は抜けんばい」
「…桔平、あの背の高い女の子は…」
「マネージャーたい。確か1年の時からおるとよ」
「へえ…」

なんていうか、全然表情ばなかねえ。と桔平に言うと「仕事はようやりよるらしい。ばってん、性格に難あり。らしかよ」とまあ辛辣な言葉が返ってきた。あのお笑いテニス部でよくやっていけてるなと頭の片隅で思った。



ちょうどこのころ、俺の右目の視力はどんどん低下しており、案の定今回の試合でも桔平や敵である白石たちにまで迷惑をかけてしまった。白石のおかげもありこの先の希望は見えてきたが、なんとなく新しい場所で一から始めてみたいと思ったのもこの時だった。



「…すみません」



四天宝寺に負け、帰る支度をしていたところに現れたのは、四天宝寺のマネージャーだった。


「…今日は、どうもありがとうございました。うちの選手が、いろいろ迷惑おかけしました…。」



「うちの選手」というのは主に金色小春や一氏ユウジのことをさしているらしい。後から聞いた話では、四天宝寺と対戦すると試合後に不愛想なマネージャーが迷惑かけました、と挨拶に来るのが恒例となっているそうだ。



桔平が「こちらこそ」と四天宝寺マネージャーと話をしているのを眺めていると、金色一氏ペアに負けた奴らが口を開いた。



「ほんなこつ、ふざけた試合だったばい」
「あれ、反則なんじゃなかと?」



いわゆる負け犬の遠吠えである。桔平が「よせ」と収めようとするも、二人は言うことを聞かなかった。



「毎回反則勝ちして嬉しか?」
「お笑いごっこは大阪ん中だけでやってほしかー」



みっともない姿だ。四天宝寺のマネージャーへ目を移すと、怒りもせず泣きもせず、感情はあるのか疑いたくなるほどの無表情のままだった。彼女は表情を動かすことなく、ずっと閉ざしていた口を開いた。



「…ふざけてなんかいません」




「私たちは、いつも真剣です」




その声は表情とは異なり、とても重みのあるもので、吠えてた2人もおとなしくなってしまった。そして目に入ったのは。爪が食い込むほど強く握られた彼女の手で、その手はかすかに震えている。



ああ、この子は、顔に出ないだけでものすごく怒っているのだ。それほどあのテニス部を大切に思っているのだ。



彼女はそれだけ言い残すと元いた場所へと戻っていった。





「四天宝寺、よかマネージャーば持ったばいね」
「ああ」




その時決心がついた。新しい場所で一から始めよう。できれば、俺を立ち直らせてくれたあの四天宝寺で。



俺はその後退部届を出し、2年の終わりとともに転校、四天宝寺へと転入した。















四天宝寺はその名の通り寺の中にある学校で、なかなか趣のあるいい学校だった。特にこの屋上はさぼるには絶好の場所だと思った。屋上で学校を見渡していると、誰かが入ってきた気配がした。あの子は…四天宝寺のマネージャー。久しぶりにみたがまた背が伸びているように見える。




「大丈夫と?」





立ちくらみした彼女を支えると、視線が合った。俺のことは覚えているだろうか…しかしその答えはすぐにわかった。




「…、大丈夫、です。」



誰だこの人、と目が言っていた。完全に俺のことを忘れているようである。




「どこいくと?」
「…別に」




そういうと彼女はさっさと屋上を出て行ってしまった。思った以上に不愛想だ。おそらくこの屋上は彼女のテリトリーなのだろう。荒らされたような気分になったに違いない。



それから俺はテニス部に入り、白石たちとテニスをすることになった。思った通り四天宝寺の連中はみんないいやつだった。そして何よりも、四天宝寺のマネージャー、桜井優奈が面白い。
見ているとかすかに表情が動く。眉間のシワが増えたり、たまに目が大きく開いたり、そしてかすかに笑ったり。いつのまにか彼女の姿を追ってしまう自分がいた。


もっと一緒に話したいとか、もっと近くにいたいとか、心から彼女が笑ったら、きっとすごくかわいいんだろうとか色々な感情があふれて止まらない。


いつか俺に、笑顔を向けてくれる日はくるのだろうかと、小さな望みを抱いた。




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bkm
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